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63 祈りの果て



「お前、巫女姫様に何か含むものでもあるのか」


隣で一緒に騎士服を洗う少年に声をかけられる。

プラチナは粉石鹸をスプーン一杯追加すると、襟周りと袖口を手揉み洗いした。

ちなみに初対面で自分の首を落とそうとした相手の服を黙々洗うのはそれなりにイライラさせられることだったりする。


「別に。馬鹿を馬鹿って言って何がいけないんだよ」

「……お前な…神樹の巫女姫様を馬鹿とか……ありえないだろ?」


プラチナは鼻で嗤うと今度は靴下洗いに取り掛かった。洗い物はまだまだある。

よくもここまで溜め込んだなと言う他ない量の汚れた服が部屋のあちこちから出てきた時は悪夢かと思ったものだ。

ざっと木の大たらい5個を山盛りにする洗濯物に対し、プラチナは一瞬目の前が真っ暗になったような気がした。


しかし、気を取り直してたらいに水を流しこむと、石鹸を目分量でぶちこむ。

いかにも高級そうな金モール付きの軍服と片方だけの靴下がたらいの中で仲良くしていた。


軍帽の上にだらしなく広がったパンツを摘まみ上げると、小さくため息を吐いてごしごしと擦り合わせる。

たらいにぶくぶくと泡が沸き立ち、揉み洗うたびに膨れて弾けた。


「だって、巫女姫は何処で何が起きているかなんて何も知らないよ。名無し狩りだって知らない。知ってるのは、せいぜい神に祈ることぐらいだ」

「……いいじゃねえか、別に。だってそれが巫女姫様のお勤めだろ。反対に名無し狩りをご存知だとしたら、びっくりするわ!」


一緒にたらいを並べる同僚にプラチナは苦笑しそうになる。こんなに優しい解釈が当たり前の日常だったのだ。

でも、それに甘んじていてはいけなかった。


何故なら、プラチナ・ディアス・エルドラだからだ。


「お前はいい奴だな。国の中枢にある奴が無知でも無能でも責めたりしない」


プラチナはパンツを綺麗に洗いあげると、シャツに取り掛かかる。

襟首の皮脂汚れにどう立ち向かうべきか考えあぐねなから、ぽつりと呟いた。


「それは巫女姫様のお手を煩わせるものじゃないよ。お前は何か勘違いしてる。あの方は、神殿で神樹に祈っていればいいんだ。その祈りをつつがなく行って頂くために俺たち軍部があるんじゃないか」


呆れ果てた同僚の言葉にプラチナも肩をすくめた。その言葉は正しい。

平和な時なら、巫女姫は神樹へ元神の力を注ぐためにだけ生き、死んでいけばいい。

現に、歴代の巫女がそうした最後を迎えている。


別に悲壮でも残酷でもない。

出来る人間がいないから、やらないと世界が砂礫(されき)に変わるから、やっているだけだ。

巫女にとって祈ることは息をすることに等しい。

パン屋がパンを焼くように、巫女は祈るのだ。


「誰だって働くだろ。それは別に尊いことでもなんでもない、ただの仕事だ。問題は何のために働くかだよ。木にお祈りしたって、誰も救えない。祈りの先にあるのは、人なんじゃないかな……俺は最近、そう思うようになったんだ」


プラチナは一言一言、考えながら考えをまとめた。


「ふうん、まあ俺は巫女姫様が何をなさっておられるのか知らないからなあ。あの方は俺たちみたいなどうでもいい奴とは違って、この国になくてはならないお方だ。神聖で尊い神様みたいなお方さ」


ニッ、と笑う同僚のそばかすが散った顔に、精一杯の笑みを浮かべてみせる。

プラチナはとてもじゃないが、自分は偉いなんて思えなかった。

それでも、これが人々の総意なんだと知っている。

自分はそれを、その思いを決して否定してはならないということも。

みんな、神樹に巫女に巫女姫に誇りを抱いているから。夢を見ているから。


でも、でも……やっぱり言いたい。


無言を貫こうとしたのに、口をついて言葉が先に出て来てしまった。


「巫女姫に巫女姫をやめたいか聞いたら、辞めないって答えるだろうさ。神樹の巫女姫は一人しかいないからな。どうして祈るかを聞けば、きっと仕事だって言うだろう。神樹に祈り、世界を支えるって。でも、世界が何かは何にも分かっちゃいないんだ。世界っていうのは、今朝食ったパンで、夜に寝る布団なのさ。そんなこと、考えたこともないんだぜ? そんな奴が世界を支える要なんだ。ほんと、イカれてるぜ」


プラチナは吐き出すように叫んだ。

手はひたすらにシャツをもみ洗いしている。

それでもこみ上げる思いを抑えられなかった。


「まあ、それぞれあるんじゃないか。俺は幸いなことに、巫女姫様への反感なんて面倒なものは抱かずに生きてこれたわけさ。でもお前は違うみたいだな。あの方が世界を支えるお役目を果たされていると知りながら、堂々と批判している」


プラチナの横顔をちらりと見ながら同僚…クロエがやや強い口調で口にする。

しかし、その変化に気付かないプラチナは、たらいの中でごしごし洗いを敢行しながら「ああ」と肯定した。


「俺はこの国の現状を思うと、とてもじゃないが巫女姫様ばんざいなんて言えない。権力があるならもっと生かすべきだと思うし、巫女姫として人に関心を持つべきだと思う。実際、そうじゃなけりゃ……何のために祈ってるんだ?」


プラチナが過去を苦い思いで振り返り、頭を振る。

たらいの中にはまだまだ山盛りの洗濯物がある。洗ったら、次は干さないといけない。

今日中に終わるかな、とため息を吐いた。


「さ、洗濯をやっちゃおう!」

「……ああ」


プラチナの声かけに、クロエが頷いた。





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