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61 兵士見習い








まっすぐ歩いてすぐ再び木の扉が見える。


押し開けると、そこはひやりと冷たい空気が漂っていた。

誰も住んでいない空き家に繋がる魔法が込められた扉は、開けるとちゃんとプラチナを無人の部屋へと連れてくる。


窓ガラスは曇り、床は歩くと埃が舞った。

足跡をつけるように家から出ると、そこは目抜き通りの裏を一本入った路地だった。


まるで壁に埋め込まれているような扉の構造に、プラチナは細い路地での家に対する工夫を見た気分になった。


路地から一歩表に出ると、人の群れと活気に圧倒される。小さな桃色の花が石畳の隙間から這い出すように顔を出していた。


細い茎がひょろ、と伸びて濃い緑がその下を覆っている。


目の前には、遠く神樹の神殿と王宮が見えていた。実は今回、プラチナは王宮に用があった。


王宮の周りにはぐるりと高い壁で覆われており、各入り口にはそれぞれ数名の衛兵が積めている詰所があった。

衛兵が門番をしている東西南北の入り口には馬車での入城が可能なように大きく作られている。

こちらは当然、貴族専用だ。

そこからそれほど離れていない場所に質素な石造りの出入り口がある。

こちらは、平民専用入り口になっていた。


入城を許可された商人が主に使う出入り口だ。

もしくは城に用がある平民……そんなの、ごく少数だろうが。


「おい坊主、こっから先は城だぞ。何の用だ」


プラチナが髪をくしゃくしゃ、とかき混ぜて「ちぇっ、いいじゃねえかよ。ケチケチすんなよな」と言った。

まだ声変わりしていないボーイソプラノで衛兵に返事をし、下からきっ!とねめつける。


「おいおい、ここはガキの遊び場じゃねえんだ。とっとと帰りな」


生意気な小僧の態度に衛兵も顔をしかめて追い返そうとした。しかし、プラチナは顔をくしゃっと歪めると、今度は泣き出しそうな顔で見上げる。


「ごめんなさい、でも追い返さないで! 僕……僕、行く場所がないんです。もう、地面の上で寝るのは嫌で……ここに来れば助けてもらえるんじゃないかって……お願いです!」


「お前……名無しか?」


衛兵の顔つきがあからさまに変わる。何かを思い出したようにジッ、とプラチナを見つめた。


「お前、最近流行ってる名無し狩りを知らないか?」


知ってる。犯人はガルシア男爵一家だ。

サミュエルがそう言っていた。


「ううん、知らない。でも、噂をちらっと聞いたことならあるぜ」


心の中で「神様、嘘ついてご免なさい。」と謝罪した。

プラチナの返事を聞いた衛兵が目を見開いて腕を掴むと、引っ張る。


「いたっ……」

「来いっ」


衛兵が力ずくで引き摺るようにしてプラチナを連れていく。

木造の重厚な扉の前で立ち止まり、ノックを3回、中から「どうぞ」と声が響いた。


失礼します、と衛兵が扉を開ける。

そこには艶々と輝く髪を背中まで伸ばし、革紐でくくった男が机の前に座ったんだけどいた。

下を向いたままだった男が顔を上げる。

緑の目が胡散臭そうに細められた。


「どうした、セドリック」

「クリストファー大尉、この者が例の話しについて情報提供を望んでいます」


別に「情報提供を望んでいる」なんて一言だって言ってないが、まあ、いい。

プラチナからしても、この男に近づけるとはまさか、思ってもみない収穫だった。


「おい、話せ。さっきの名無し狩りについてだ」


衛兵に促されるが、プラチナは戸惑いを見せる。状況にも話しにも、ついていけてない様子だ。


「……えっと、名無し狩りのこと?」


「そうだ。是非とも、情報を提供して欲しい」


返事は質問したセドリックと呼ばれた男ではなく、前に座る大尉と呼ばれた男から返ってきた。

プラチナは少し怯んだように目線を反らしたが、大尉を見ると睨むように目元をしかめる。


「いいけど……一つ条件がある。僕…いや、俺をここに置いてくれ! 皿洗いでも床掃除でも何でもやる!」


この組織に潜りこめれば、それでいい。

ガルシア男爵家を潰したい。

ここにいれば、犯罪者としての彼らに近づくことも容易だろう。


ガバッと床に両手をつくと、プラチナは額を擦り付けて懇願した。


「……いいだろう。お前の肝に免じてここで飼ってやる」


そう言うと、クリストファーはデスクに置かれた紙を一枚手に取ると、プラチナに渡した。

名前を書け、とペンも一緒に手渡され、プラチナは自然にフルネームを書いた。


「……プラチナ・ディアス・エルドラだと? また、大層な名前をつけたものだな」


「自分でつけたい名前をつけられるのは、名無しの数少ない特権じゃないか」


せっかくだから、この国で一番偉い人の名前をつけてみたのさ、と嘯くプラチナにクリストファーは口の端を吊り上げる。


「じゃあ俺が知ってる情報だけど……名無し狩りは、偉い貴族が裏にいるらしいって話しだぜ」


「それだけか」


「ああ。でももう追い出せないからな!俺を雇うってあんたが契約したんだから!」


ぎゃーぎゃーと騒ぐプラチナにクリストファーが五月蝿そうに手を振る。


「分かっている。今さら追い出さないから安心しろ。お前は今日から兵士見習いとして騎士の下で働くんだ」


クリストファーが連れていけ、と指示を出た直後、プラチナは部屋に入った時と同じように引っ張られるようにして連れ出されていった。















あとがき

長らく更新せず、すみません。ちょっとプライベートがごたついてまして、更新どころではなかったという現状がありましたので…。

これからも頑張って更新はしようと思っています。

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