60 魔法の力
プラチナが目を開けると、そこは神樹神殿の最奥である神樹の間だった。
冷たい床の上で伸びていたのだ。
岩肌を残した床石はごつごつと尖っていて、本来の自然の趣を残している。
そこに手をついて、起き上がると目の前に煌めきを放ちながらそびえ立つ神樹を見上げた。
「……神よ、私に何をさせたいのですか」
夢というにはいやにリアルな現状に10歳前後の身体になっているプラチナは呟いた。
両手を握ったり開いたりしながら、身体の変化を確認する。
感覚的に間違っていなければ、ここは過去だ。
最初は夢だと思った。しかし、続きのように同じ夢を見るのも、この感覚の違和感も、全て魔法の力を感じさせる。
夢という手段を使って、私を過去の肉体に留めている何かがある、ということだった。
今の自分が10才ということは、つまりクーデターから5年前だ。
きっとルイス・ガルシア嬢と男爵家は今後の計画を入念に練っていることだろう。
欲を言えば、何とかして潰したい。
しかし、プラチナにはその手段がなかった。
入り口を出ると、神官ルビナがにこにこしながら近寄ってくる。「お疲れさまです、巫女姫様」と声をかけてきた。
「お食事の用意が出来ております」
そう言って自分を先導する神官の後をついて行くだけだった過去の自分が脳裏をよぎる。
プラチナのためだけにある広く豪華な牢獄で、自分は死なないように管理されながら寿命が来るまで神樹に神力を注ぎ続ける。
そのためだけに、自分は存在しているのだから。
椅子を引かれて腰かけると、朝ごはんと呼ばれたものを一つ一つ見た。
まず目についたのは、籠一杯に盛られた季節を無視して揃えられている果物。
一つ金貨10枚くらいしそうなほどの高級品だ。
次に見たのはやはり籠盛りのパン。
嗅いだこともないような甘く、優しい小麦の香りにこれまた高級品だということがわかる。
着ている服も、基本は絹、刺繍は金糸銀糸白金糸とカネ、カネ、カネだった。
前まで全く気にしなかった金の匂いがそこかしこからぷんぷんする。
「私は、一つ食べれば十分。残りは全て、名無しに振る舞ってあげて」
「……巫女姫様、名無しなんてどこで」
果たしてルビナは私の願いを聞き届けてくれるだろうか。
多分、無理だろう。
残りはいつものように処分されてしまうだろう。
「お願いね」
「分かりました、巫女姫様」
しずしずと食事を下げたルビナと共に、次の奉納のために神樹の元へと戻る。
「ルビナ、今日は中で籠るわ。寝る前に迎えに来てちょうだい」
「はい、分かりました」
神樹の大扉を後ろ手にばたん、と閉じる。しっかり鍵をかけると、中からかんぬきをする。
「さて、と…」
神樹は数日程度、神力を注がなくても枯れたりしない。
プラチナには、行きたい場所があった。
髪を手櫛でぐしゃぐしゃにする。髪の色が白金から徐々にありふれた黒へと変化する。紫水晶のようだと吟遊詩人に吟われた瞳は瞬き一つでブラウンに変わっていた。
そして、どこからでも発見できる光を反射する仰々しい巫女服を揺すり、スカートとローブが風を纏った途端、白の木綿生地のシャツとチャコールのパンツに変化した。
最後は10才とは言え膨らみ始めていた胸を撫でて、ぺたんこにする。
足首を覆う革のブーツの爪先をトントンと床に打ちつけながら、神樹の根本の窪みに溜まった水鏡に姿を写す。
「うーん、これも短くしよう」
再び髪に手櫛を入れると、ボブにした。
神樹の裏側にある、巫女と巫女姫しか通ることが許されていない木の扉を開ける。
プラチナは扉が、くぐった途端、空中にかき消えるのを見届けると、先へと進んだ。




