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06 世間知らず

「…エリックさん、神樹と聞いてどう思いますか?」

「あん? そりゃあ、もちろん…祈りの対象だろ? それ以外に何がある?」

考えこむようにしてプラチナは再度質問をした。

「でしたら、神樹の巫女は?」

「もちろん…神聖な、絶対の存在だ。そんな事はこの国の人間ならみんなそうだろ?」

意図が見えない問いに首をひねってエリックは答える。プラチナは頷いて「そうですね」と言った。

「…一人残らず、誰もが同じ事を言うでしょう。しかも、何の違和感も疑問も抱かずに」

「………」

「神樹の力です。この星に張り巡らされた神樹はあらゆる害が巫女に及ばないように、常に働きかけています。神樹に祈るように、巫女を敬うように、と。母親が子どもを愛するように自然に、私たちを人は受け入れる。そのように働きかけられているのです」

「………薄気味悪い話だな」

プラチナの答えに、今度こそエリックは眉をひそめた。そして、自分は誰に強制されたわけでもないのに、神樹への祈りを常に欠かしたことがなかった事実に今さらながら愕然とし……ゾッとする。

神様なんて丸きり信じてないと言い切れる自分だが…神樹は別だった。

何て言うか…ひれ伏し、祈る、これが自分の当たり前で当然なのだから。

「俺は、今まで…何で…何一つ疑問に思わなかった?」

立ち止まり、口元を覆って愕然とするエリックをプラチナは見上げていた。

「客観的に見て、自分がおかしいことに気づきましたか? 」

言われなければ気づかなかったであろう事実に身が震える。これが神樹の力なのか、と。

「この洗脳を解くには、神樹の巫女か巫女姫に洗脳されている事実を教えられる必要があります。つまり、エリックさん、あなたはすでに自由です。今のあなたなら、私を巫女姫と知りつつ害を為すことが可能です」

「……何で俺に教えた? これからパーティー組んで、一緒にやっていかなけりゃならねえってのに」

エリックは探るようにプラチナの目を見つめるが、それに対しプラチナは微笑を浮かべていた。

「もちろん、危険は承知の上です。ですが私は、エリックさんとパーティーを組んだ冒険者です。それなのに「私を信じて下さい、神樹の力であなたを洗脳していますけどね」じゃあまりにフェアとは言えないのでは、と」

「もっと分かりやすく言え。プラチナ、お前は俺にどうして欲しい?言ってみろ!」

エリックの苛立った怒声に初めてプラチナは視線を揺らした。そのまま、俯いて手のひらを拳の形に握りしめた。自分の言葉を探すようにぽつりと呟く。

「わ、私を…助けて下さい。」

消え失せそうな声を振り絞ってやっと口にした台詞に、エリックはため息しか出なかった。

次代の神樹の巫女なんて仰々しい肩書きを背負い、世界の保持を守護を任される立場の人間が土壇場で口にする台詞は……弱音だったか。

「私は、朝からの数時間でよくわかりました。私…私は、そう、世間知らずなのです! 昨日の晩までは何となく邪神を討伐できるような気がしていました。冒険者ギルドの話もクラスメイトの噂で知っていましたし…あとは何となくどうにかなるのかな、と」

でも!始めてみれば私は一人でパンも手に入れることが出来なかったのです!

そう叫んで俺を見るプラチナの顔は不安からか歪んでいた。

うっすら涙が浮かんでさえいる。

「私は、神樹から全能の力を与えられています。でも、パンさえ食べられない…それが現実でした。私に…何が出来るのでしょう。殿下には婚約破棄され…貴方の言う通り私は、政治、経済、武力のあらゆる力を剥ぎ取られました。果たして…こんな私に…討伐など可能でしょうか…」

俺を見上げていた顔は言葉と共に沈みこみ、俯いてしまう。地面にポトリと水滴が落ち、プラチナはそれきり何も言おうとしなかった。

全く、ちょっと感情に揺さぶりをかけてやるだけでぽろぽろと本音をこぼす。

ガキだ。甘やかされて、生きることの辛さも、世間に放り出されて生きてる人間の現実も、何もかも分かっちゃいねえ……くそガキだ。

「……俺はお前の保護者じゃねえぞ」

ぼそりと呟くエリックの言葉にプラチナもグッと言葉を呑み込み、「はい、わかってます」と頷いた。

エリックは静かな口調で続ける。

「俺はC級冒険者エリック・ブライアンだ。そしてお前はF級冒険者のプラチナ・ディアス・エルドラだ。俺たちはパーティーを組んだ」

一度言葉を切ると、黙って聞いているプラチナを一瞥し、エリックは再び話を再開する。

「パーティーを組む理由は色々あるだろうがな、パーティーを組めば互いに互いの背中を預けて戦うもんだ。少なくとも俺は、そう思っている」

だから、お前のことだって守ってやるから安心しろ。

ほとんど小声に近い声で返事をすると、プラチナは一度だけ強く頷いた。それきり、やっぱり何も言わずに泣いていた。途切れ途切れに聞こえてくる「ありがとうございます」という台詞に、エリックは再びため息をつくと背中を軽く叩いて宥めた。それでも泣き止まないプラチナにエリックが小さく舌打ちすると「あんまり泣くんじゃねぇよ。通報されたらどうすんだ」と苦い顔をする。

「そ、その…時は、わ、わたしが…無実を、し、しょうめい……」

一生懸命に話すプラチナにエリックは肩をすくめて会話を諦めた。





あとがき

プラチナに背中を預けたら、二人まとめてやられる未来が待っていそうです…(汗)

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