59 継承される技術
サミュエルがにこにこしながらプラチナの成長を見守っているが、当の本人はそれどころではない。
掬うようにして刺した針から挟んでいた道具…持針器を外し、針先が見えたらまた摘まんで引っ張る。
持針器の先に一度糸を巻き付け、反対側から残っている糸を摘まむと輪の中に引っ張った。
同じ事を2回繰り返すと、ハサミで糸を切る。
「よしよし、よく出来ているな。初めてにしては本当に綺麗に縫えているじゃないか」
エリックが縫われている自分の腕をじっくり見ながら満足気に頷いた。
「同じ事をあと、いくつか続けて傷を縫うんだ。これは冒険者はみんな出来る必須スキルだからな」
プラチナは創部から滲み出る出血をガーゼでポンポンと押さえながら話を聞く。
言われた通り、傷口をちくちくと縫い合わせていった。
「最後は薬草から作った練り軟膏を傷口にまんべんなく塗って、ガーゼを当てたら、包帯をして完成だ。さあ、やってみろ」
「はいっ!」
冒険者の必須スキルと聞いては是が非でも覚えなければ、と決意を新にする。
一個、一個と丁寧に縫い合わせていき、最後にサミュエルから個包装された木べらを渡され、薬壺からたっぷり軟膏をすくい取ると傷口に塗っていく。
ガーゼを当てて軽くテープで留めると、手渡された包帯を巻こうとエリックの腕に宛がった。
「そう言えば、包帯の巻き方も教えてなかったな…」
呟くと、エリックはプラチナの手にある包帯に視線を向ける。
「まず、2回まっすぐに巻く。その後は8の字を書くように上方向へ巻いたあと、下方向に戻るんだ。するとまるで麦の穂のような形の巻き方になる。あと、絶対に包帯は巻くときに引っ張るな。圧迫されちまうからな」
エリックが身振り手振りを交えて説明し、プラチナは言われた通りにまずはくるくると包帯を巻いた。
そのまま、右上方向へ巻き上げる。戻る包帯で左上から右下へと転がしていった。
「わ…あぁ…本当です。これ、麦ですよ!」
腕が一本の麦みたいだと喜ぶプラチナに、エリックもサミュエルも苦笑を禁じえない。
だがまあ、初めての縫合も何とかこなし、ほっとしたのだろう。
そこにプラチナが好きな麦に似た包帯の巻き方だったため、緊張感が切れてしまったのだ。
「プラチナ、とりあえず今日はご苦労だったな。このまま夜を明かすからお前は先に休んでいいぞ。とても、疲れただろう?」
言われて、やっと自分がとても疲れていて、それにも気付かないほど緊張していたことにきづいた。
サミュエルが「片付けはやっておきますよ」と微笑みを浮かべてくれる。
「わかりました、ありがとうございます」
プラチナは奥にある寝袋に潜り込むと、一瞬で意識を失った。
深く…深く…落ちていく。夢の中へと。
くぅくぅ、と寝息を立てて眠るその音に、サミュエルとエリックはどちらからともなく再び苦笑した。
今回の出来事は、必ずプラチナの成長に役立つだろう。
自分もサムも、そうやって一つづつ経験を積んで何とか一人前の仕事をしている。
だから、自分たちがたくさんの先輩に与えてもらったものをプラチナにもやりたかった。
今回だって、サムが縫えばもっと早く、綺麗に仕上がった。
それはもう、仕方がないことだ。
全ての技術に共通していることは、やればやるだけ、腕が上がるということだからだ。
「プラチナに、一個教えてやれた」
技術と知識を継承させ、回数をこなして早く一人前にしてやりたい。
エリックは心から、そう思った。
あとがき
一応、事前に調べていますが、私は縫ったことないので、誤った知識だったりするかもしれません。




