56 カエサルのものはカエサルに、プラチナのものはプラチナに。
「ま、何にしてもお前らが喧嘩しなくなるなら俺は嬉しいよ」
やれやれ、と溜め息をつきながら立ち上がった。
自分の食べたあとの汁椀を沼地のほとりに浮かべると、空中から清水を出してじゃぶじゃぶと洗った。
プラチナも便乗して一緒に洗わせてもらおうと立ち上がる。
ついでにサミュエルの分も持って行ってあげようと思い立ち、食べ終わった汁椀を手に取ろうとして……やんわり微笑みを浮かべて丁重に断られた。
反対に自分の椀を持って行かれて手持ちぶさたのまま、座る。
エリック、サミュエル兄弟を後ろから見ながらプラチナはさっきの騎士の誓いを思い出す。
サミュエルは別に謝罪しなくてもいい、と思った。
正直言うと、今までの態度は腹が立つ。
でも、彼の言葉はみな、真実だった。
私は不甲斐ない巫女姫だったし、ルイス・ガルシア嬢にまんまと一杯食わされたわけだし。
ただの政権争いだけじゃない。
今後の国の行く末まで左右する大事な話だった。
だから、私は……たとえ殺されたって文句は言えないと思っている。
もしそんな事態になれば、もちろん、文句は山ほど言うつもりだが。
ただ、まあ、筋としては国民から断頭台に立たされてギロチンにかけられても仕方ない話しということだ。
もっとも本当にそうなりそうなら、何を置いても断固拒否し、全力で逃げるが。
まあ、つまり何が言いたいかと言うと、サミュエルには、私こそ仕事をさぼって御免なさいと言いたい。
……言わないけど。
言えば蒸し返しになりそうだし、大体これは言葉一つでどうにか折り合いがつくようなことでもない。
私はサミュエルを国民代表にして、自分の不甲斐なさに対して涙でお茶を濁すような真似はしたくなかった。
それとも、いっそのこと謝ってしまって、この首一つで片がつくならいつでも取ってくれて構わない、とか言うべきだろうか……。
「首を切られるのは…痛そうだから、嫌だな」
ぼそり、と呟いたプラチナにサミュエルが「貴女にそんな真似しようとする奴がいたら、私が切り捨てますよ」と前から歩きながら言われた。
顔を上げればそこにはサミュエルが清々しい笑みを浮かべて立っていた。
目が合うと、にこにこ微笑んで「どうしました?」と聞いてくる。
「ううん、何でもない。そろそろ発つかな」
立ち上がって自分が寝ていたテントを片付けるエリックを手伝う。
天蓋を取り払い、骨組みを外し、カーペットを巻く。
エリックさんが端からくるくると巻いていくのを反対がわから抑えながら見ていた。
それをすっぽり鞄に詰め込むと、あとには何一つ残らなかった。
「さあ、出発だ」
エリックさんの掛け声に自分も、はっ!として物思いから離れる。
完全に自分が正しくて、何一つ間違いはなかったと思えれば、こんなに心がもやもやすることはなかっただろうにと思う。
起きたことは仕方ないし、自分ではどうにも出来なかったとは思っても、やっぱりどこまでいっても「それ、本当にそうなの?」と自問してしまう。
あの時ああしていれば、いや、こうしていれば……と止まらない。
ルイス・ガルシア嬢につまらない嫌がらせばかりしてないで、彼女の背景をもっと丁寧に調べていれば…。
自分には利用価値があると軍部に思わせることが出来るだけの才能があったなら…。
もんもん、と悩むプラチナを尻目にサミュエルの足取りは軽やかだった。
守りたいもの、守らなければならないものを心に決めたことで、彼は一皮剥けた状態で新たな一歩を踏み出すことに成功していたのだ。
状況はいまだ予断を許さないが、心は晴れやかだった。
期せずして心の空模様が昨日と逆転してしまった二人だったりする。
サミュエルが重荷を放棄することで、プラチナが本来背負うべきものを背負っただけとも言えるが。
何にせよ、プラチナは思案していた国民の苦悩を一人分とはいえ背負えたのだから、本望ということだろう。
彼女にしたら、全く嬉しくも楽しくもないことだったが、それこそ謝罪などして責任をぶん投げたくない。
プラチナは、うんうん悩みながら逃亡の旅路を行く運びとなってしまった。




