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55 謝らなくてもいい








ぱち、と清々しい朝の目覚めを感じてプラチナはむくりと起き上がった。


ううーん、と伸びをすると、目をこすって周囲を見回す。

どこからどう見ても自分が眠ったテントだったことに、ホッとした。


夢の中とは思えないほどリアルで、本当に時間を行き来してしまったのかと思ったほどだ。


正直なことを言うと、実は本当に時間を超えたのではないかと疑っている。


だが、それは置いておくことにしても問題はないだろう、と思った。


テントから出ると、エリックさんとサミュエルが既に朝の準備を整えており、彼らのテントも畳まれて影も形もなかった。


「おはようございます、巫女姫様」


サミュエルが礼儀正しく礼をしてくる。

またしても嫌みかと顔をしかめて彼を見上げれば、今まで見たこともないくらい真剣な顔があった。


「え…なに?」


ざっ、と自分の前に片膝をつき、手を立てた膝に添えて頭を垂れる。

サミュエルが凛とした声で「姫様、」と言った。


「は、はいっ!」


今までと全く違う対応にどうしたらいいか分からない。

思わずエリックを見上げれば、肩をすくめて「サムの奴、お前を認めるってさ」と謎の言葉をかけられた。


昨日の話しの結果がこうなら、自分は何もしていない。

どちらかと言えば終始格好よく決めていたのはエリックさんじゃないかと思った。


自分に騎士礼を取る意味が分からない。


「私、サミュエル・ハイリッヒは命と誇りをかけて神樹の巫女姫様にこの剣を捧げます」


鞘に収まったままの剣を捧げられ、しばし戸惑うものの、プラチナは抜き身を放つ。

剣を天へと掲げると、神力を刀身に纏わせそのまま「騎士サミュエル」と呼び掛け手渡した。


「元神の力をもって加護となし、私のために在りなさい」


あなたは今日から巫女姫プラチナ・ディアス・エルドラの剣であり、盾となり生きなさい。と締めくくった。


騎士の誓いが終わると、エリックさんが「飯だぞ~」と呑気な声をかけてくる。

サミュエルは私の一歩後ろを着いてくるとエリックさんの隣に座った。


朝ご飯は昨日のスープに麦を入れたものだった。


初めて食べる味に不思議な感じもしたが、

今はご飯よりもサミュエルが気になる。


ちらちらと顔を盗み見ると、バチっと目が合った。慌ててササッと視線を逸らす。


汁椀を音を立てて啜っていたエリックがその様子に呆れたような溜め息を吐いて「お前ら、付き合いたてのガキかよ……」と呟く。


「い、いえ、決してそんな事じゃなくてですねっ…。あの、サミュエル…」


「はい、何でしょう」


身体を半身、自分に向けて黒髪の中から覗く昼間の空のような青い瞳を向けてくる。


プラチナは知らず、生唾を飲み込み、自分の喉を嚥下する音で覚悟を決める。


「何故、私に騎士の誓いを立てたの?」


プラチナの緊張に溢れた一言にサミュエルが左手に持っていた汁椀を置いた。


葦がさわさわと風に揺れている。

まるで生きてるみたいだと思った。


「……最初から、巫女姫様をお守りするつもりではあったのです。しかし、どうにも…受け入れ難く、拒絶していました」


沼地に晴れ間がないからだろうか、サミュエルの瞳がやけに美しく感じる。


「私は自分の理想を押し付けていただけだったと、悟りました。あなたは、たしかに巫女姫様です」


まっすぐ見つめてくる瞳に、疑問符が隠せない。正直、「え?だから?」と言ってしまいそうになる。


「サミュエルが思いこんでいたのは分かりましたけど、その思い込みがなくなったから、今度は私を巫女姫と認めた……そういうことですか?」


正直言って、ふざけてると思った。


私は、誰かに認められようと、認められなかろうと、神樹の巫女姫をやってきたと思った。


「可愛いお姫様なら、自分のやってきたことを認められたって喜ぶんだろうけど……私は嫌です。私は、サミュエル、あなたに巫女姫であることを認められて、初めてそうなるわけじゃないんです!」


私は、誇りを持って命がけでお勤めを果たしてきた!


誰かに認められても、認められなくても!!


そう思うと、彼の台詞が今度はいかにも傲慢で、上から見下されているように感じて眉をひそめる。


それに慌てたのはサミュエルだった。

彼は、自分の態度がプラチナの誇りを傷つけたことを悟ると「それはもちろんです」と言った。


「私は貴女を認める、なんて傲慢な話しでした。そうではなく、私は私の気が済まなかった、と言いますか……つまり、」


そこまで言って言いにくそうに言葉を切る。

何かを探すように顔を背けると、ぼそり、と「謝りたいんです、今までのこと」と言った。


「は……はあ」


プラチナはどうもよく分からないことになってきたものだと思った。

確かにサミュエルは失礼な男だった。

妙につっかかってきたし、嫌なことばかり言われた。


でも……うーん…。


「別にいいですよ。お互いに思うところがあったわけですし。今さら態度を変えられても。うーん…あ、でも、サミュエルにとっての自然なら、受け入れた方がいいのかな? とにかく、私は別に、今までで大丈夫です。あなたを否定するつもりはないですから」


何と言ったって、いきなり態度を変えられると困る。

自分は…そこまで大きい人間じゃないのだ。

もう、自分の中でサミュエルの人物像は出来上がってしまっている。


どうにも堅苦しくていけないと言うのがプラチナの正直な、本当に正直な感想だった。


二人の視線が交わり、しばしの時が過ぎる。

手前に置いた汁椀はもう、ぬるくなってしまっただろう。熱いから美味しいのに、ちょっと残念だ。


サミュエルが今までの真剣そのもののような目をふっと和らげる。

口元に困ったような苦笑いを浮かべると、はぁ…と息を吐いた。


「……分かったよ。そこまで言われたら、降参だ。いきなり変なこと始めて、悪かったな」


サミュエルが苦笑したままで頭をかくと、ぬるくなってしまった汁椀に口をつけた。

私も、それにつられるようにすする。


「サミュエルはそれがいいと思います」


うんうん、と頷きながらプラチナはにっこり笑った。








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