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54 巫女姫様の日常生活①






テントの中で、寝袋にくるまってさっきのサミュエルの言葉を思い出す。

彼の言葉を胸に刻もう、と一人、誓いを立てる。

私はプラチナ・ディアス・エルドラ…神樹の巫女姫だから。


私には負けられない、いいや、負けてはいけない理由がある。


私には絶対に退けない責任がある。


今までは世界の調和と天地の安寧を神樹に祈ってきた自分だったが……たった今から、一人のために祈ろうと誓う。


そこにいる、一人、また一人…そんな小さな人のためにこそ私は在るべきだと、プラチナは唇を引き結んで決意する。


神樹神殿にいる時はこんなこと、絶対に思わなかった。


全体である国や世界の礎を整えてこそ、部分である民は幸せを享受できると信じていたから。


そんなはずない、と頭のどこかでは分かっていても、自分の管轄は神樹と神殿だったし、何より、それすらも上手くいかなかったから…。


正直、学問からどれだけ神と世界と神樹を学んでも、それが何なのか全く分からなかったのだ。


プラチナはうとうととしながら、寝袋の中で暖かい綿にくるまっていた。

やがて、すぅすぅ…と規則正しい寝息が夜の静寂を囁くように響いた。











……さま…プ…ナ…さま









ううん、と身体をころんと反転させるとプラチナは目を覚ました。


自分をさっきから呼ぶのは誰だろう…そう思って見回すと、目の前には覗きこむようにして顔を近づける黒い目がくりくりと光っている。


「わ!」


目を見開いて起き上がると、赤い髪に黒い目の少女に思い切り額がぶつかった。


「いてて…プラチナさま、目が覚めましたか?」


少女、ルビナは私付きの神官だ。

神殿内での世話人である彼女達は歴代の巫女と巫女姫の神事と身の回りの世話をしてくれていた。


しかし今はそんな事はどうでもいいことだ。


私は確かに今の今までエリックさんとサミュエルの二人と一緒に冒険……と言うか国外逃亡を図っていたというのに…。


「……そうか、これは夢なんだ」


いわゆる、都合の悪いことは全て夢という解釈をし、ベッドから起き上がる。


多分、寝て起きたら自分はまたあの湿地帯のテントにいるに違いない。


そう思って棚から衣服を取り出すと、勝手に着はじめた。


「ちょっ…何をしてるんですか!? 姫様がお召しを一人でなさるなんてっ!」


叫ぶとルビナはプラチナから衣類を取り上げ、てきぱきと着せた。


神殿の巫女姫の衣装は徹底して決まっている。絹で織られた白地の長衣に、腰のところで金糸を贅沢に編み込んだ帯紐を結びつけたゆったりしたものだ。


胸と背中には白金で出来た糸をこれまた贅沢に使った神樹の刺繍が施されている。


白地のために、一見しただけでは刺繍が見えないが光を当てると、刺繍が反射してキラキラ、キラキラと神樹を浮かび上がらせた。


多分、どんなに沢山の人混みでも見つけられるほど光を振り撒いている。


大きな姿見に映る自分の姿をプラチナはじっくり、しっかり、見つめていた。

さすがは夢である。


自分の姿は、10歳当時のものになっていた。


「……何でもありね」


ぺたぺたと顔や胸、肩、腕にひとしきり触ると、小さくなってしまった自分の身体を確認する。


頭の先から足元まで白金色で、目だけが紫の巫女服に身を包んだ少女、10歳前後のプラチナは小さく嘆息する。


「とっても可愛らしいです、巫女姫様」


ルビナの称賛を背中に聞きながらプラチナは「そう」と気のない返事をした。


「この後は神樹へ鐘1つの奉納式があります」


神樹の巫女姫の1日のスケジュールは厳密に定められている。

朝日が昇ってことから地平に沈むまでを1日と呼び、それを10分割したうちの1つの始まりで鐘を一つ鳴らす。

2つの始まりには鐘2つ。

そうして10回鳴らされ、日が沈むと1日の終わりだった。


勿論これは、時間を区切って生活しなければならない上流階級以上の感覚であり、庶民に時間など関係ない。


街中で鐘が鳴らされることはなく、日が中天に差し掛かれば昼時だろうといったアバウトさの中で生きている。


神樹の間と呼ばれる空間には、巫女と巫女姫以外、絶対に出入りしてはならないという厳守すべき決まりがあった。


それに抵触した者はたとえ何人であろうとも、どんな理由があったとしても、厳罰に処される。


理由も確認されず、神樹神殿を追放された。


つまるところ、巫女姫にとっては何よりも大切で、誰にも邪魔されてはならない神事が「奉納式」と呼ばれる儀式だった。


これは、鐘1つ分かけて行われるものであり、1日に7回行う。

一度の奉納の後に鐘半刻分の休憩が入り、また鐘1つ分かけての奉納を行う。


朝起きてから夜寝るまで奉納は続けられていた。


プラチナは神樹の前に座ると目を閉じる。


すぐに深い瞑想に入ると、自分を一本の棒のように空っぽにする。


全身を神力が駆け巡り、出口を求めて暴れているのを感じた。


ただ、感じる。


自分に森羅万象の命の源たる力が光という形で降り注ぎ、一本の光の柱が立つ。


光は自分目掛けて束ねられ、寄り合わされて降り注ぎ続ける。まるで、避雷針に向かって落ちる雷のようだと人が見たら思っただろう。


光の柱の中にいて、プラチナがまっすぐ前に、すなわち神樹に向かって両手を突きだした。


腕を通って、光が神樹に吸い込まれていく。


「くっ……ふぅっ…あぁっ……」


絶え間なく降り注がれる力を一身で受け止め続けることは、言うほど容易いことではない。


何故最初から座った状態で儀式を行うのかと言うと、立っていられないからだ。


余計な体力は極力使いたくない。


それに、自分の身体のぎりぎりを見定めて、一旦、神事を中断しなければならない。

もし、途中で意識を失えば、それは自分の死を意味していた。


意識は永遠に戻らず、神樹に力を注ぐ者が現れるのを、世界は再び待たなければならない。


神事はいつでも死と隣り合わせのものだった。


当然だ。

世界を支える礎の力に変換される光の柱は、元神と呼ばれる宇宙を含んだ森羅万象一切を貫く神が直接注ぐもの。


プラチナごとき一介の巫女姫では手に余る代物なのだから。


だが、巫女と巫女姫にしか扱えぬ力であるという事実は変わらない。


だから、プラチナは毎日7鐘分、神樹に元神の力を注いでいるのだ。


鐘が鳴るまで、薄れそうになる意識を必死にかき集めて神樹に注ぐ。


そうすることで、神樹は艶々しく輝き、根は伸び、世界中に元神の力を満たしていく。


神樹の根は水に命と光をもたらし、土を肥えさせ、火に煌めきを与えた。


命あるもの、ないもの、一切の存在に根は元神の力を与え、自然界はそれを一番最初に現す。


プラチナ目掛けて、命を奪うほどに荒々しく注がれた力は、自然界に満ち溢れることで芽吹きと恵みをもたらしていた。


待ちに待った鐘の音色に、プラチナは腕をだらり、と下ろす。


ふらふらと力なく揺れる身体で神樹の正面、元神の力が降り注がれる陣から出ると、石の畳に棒きれのように横たわった。


全身、汗だくで意識は朦朧としている。


プラチナは有り体に言うと、ぶっ倒れた。


「あー、きついわ」


蛙との戦闘やスライムとの戦闘より、命の危険を感じる。


思えば義務とは言え、これを毎日、欠かさずやっていたのだから命知らずな話だ。


「そりゃ、巫女は短命なはずだよ」


注がれた力により、煌めきをふり放つ神樹を力なく見上げてごちる。


世界にある一切万物、森羅万象の全てはこの毎日の儀式によって生かされているのだ。


一度に注ぐ力では世界が欲する力に到底及ばない。せいぜい10分の1程度。


だから本当は、一瞬の休みなく一日中注ぎ続けなければ世界は日々、痩せていってしまうのだ。


しかし、そこは限界のある人間の肉体を纏う身の上。

プラチナも休んだり、食べたりしなければいけない。


そのため、残りの3割は寝ている間に朝までかけてじわじわと奉納する。


ベッドの木枠、敷き布団の下の部分に陣が刻まれており、そこで横たわると微弱な元神の力が降り注ぎ神樹へと流れ込む仕組みだった。


その生活が、神樹の巫女と巫女姫に課せられた義務であり、それは死を迎えるその日まで続くのだ。


全ては、「世界に安寧と恵み」をもたらすために。


「巫女姫に生まれた以上、お役目だからね…」


でも、今はちょっと疲れた…と呟き意識を手放した。

目が覚めたら、この夢の続きじゃなくて、湿地帯に戻りたいなあ…なんて思いながら。






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