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52 不幸でなければ許されないこと



当たり前だが、今日の晩御飯は蛙で埋め尽くされていた。

手に入った食材が蛙だったので当然と言えば当然の話しだ。


プラチナは、自分の前に出されたエリック手製の蛙肉の唐揚げと蛙のつみれ汁をじっと見つめていた。


主食のパンは、普通に美味しい。でも、目の前の皿に並ぶ食材がさっきの蛙だと思うと食欲がするすると減退していくのを感じた。


「食わないと保たないぞ」


エリックの厳しい一言にプラチナは湯気を立ててからりと揚がった唐揚げを小さく齧った。


「………おいしい」


その見た目に反してとても美味しい。まるで鶏肉のようだが、身が引き締まっていて歯ごたえがある。


思わず呟いた自分の言葉に驚いた。


「美味いだろ?」


こくり、と頷くプラチナにエリックが満足そうに破顔した。

その裏も表もない顔に思わず肩の力を抜いて、にっこり笑う。


蛙って、こんなに美味しかったんだ、と身に沁みた。


「はいはい、幸せごっこなら他所でやってくれ、お姫様」


………サミュエル。


無言で蛙の足を咀嚼していたかと思ったら、突然こちらの気分を落としてくる。


本当にイヤな奴!


蛙のつみれ汁をすすると、肉と野菜から出た出汁の甘みとうま味が口に優しく広がる。


お出汁のまろやかなうま味がプラチナの荒んだ心を包みこんでくれた。


冷静に、冷静に…と心の中で呪文のように唱えると、おかわりを自分の椀によそう。


一方でサミュエルの嫌みにちら、と視線を向けると兄であるエリックはゆっくりため息を吐く。

正面で燃えている鍋の下の火が赤々とエリックを照らしていた。


「サム、いい加減にしろ」

「は? 俺? 何でだよ?」


兄と弟の口論に口出しは無用だ。

プラチナは、ずず…と汁をすすると黙って成り行きを見守ることにした。


「プラチナが何も出来なかったのは、無責任だった。だが、たかが男爵令嬢一人の問題であったことも事実だ」


だから、もう……と続けようとしたエリックにサミュエルは「それじゃない」と低く唸った。


その目には、怒りや悲しみを突き抜けた暗がりが宿っている。


覗き込んだプラチナは、思わず背筋が寒くなった。


「俺が怒っているのは、そこじゃないんだ。俺は…こいつが巫女姫だったことに腹が立って仕方ないんだよ!」


指をさされて、巫女姫だった事実を追及される。非難される。


なに? 何を言っているの?


口には出さなくても、理解が追い付かなくて眉を寄せてしまう。

プラチナが巫女姫であることは、別に何か意味があったわけじゃない。


そう生まれた。それだけだ。


「何でこいつだったんだ? 貴族としても、為政者としても、宗教者としても出来損ないじゃないか! 平凡で呑気で、小さな幸せを噛みしめて喜んでやがる! 向いてないんだよ……圧倒的に!」


どうしてもっと欲深くないのか、残酷じゃないのか、命を物のように扱って、大切なのは自分ばっかりで……そういうものが為政者なんじゃないのか。


「こんな、湿りきった沼の畔で、蛙の汁物食って、幸せそうに笑ってんじゃねぇよ!!」



この少女が勤めを果たせなかったのも、無理のない話だと納得してしまう。

こんなに下らない理由で、単に向いてないってだけで、ここまで世界が歪にねじ曲がってしまうものなのか。


「何であんた、平民か無名貴族にでも生まれなかったんだ…何であんただったんだ……何でだ!」


そんなの、私が聞きたい。


でも、サミュエルの血を吐くような叫びを聞いて、プラチナは項垂れるしかなかった。


だってこれは、事情を知る者達、全員の思いだろうから。


果たせもしない立場を得て、がんじがらめになりながら、結局はめちゃめちゃになってしまった。


「わかってる…わかっているよ」


私の力ない呟きに、サミュエルが顔を歪める。

怒りとやりきれなさと、あとはなんだろう。


歪められた顔の、その目から涙を流している。


まるで、血のようだとプラチナは思った。





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