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51 夜ご飯を目指して!

プラチナは心の中で盛大に文句を言いながら、ざかざか歩く。

今の時間は、正確には分からないが太陽が空の天辺を少し過ぎた頃だ。


もう少し歩いて、空が夕暮れに赤く染まるよりちょっと前に夜営の準備をするという話しだった。


足元の水と泥を踏みしめて、ひたすら前に前に進むという、女子にはちょっときつい行軍に正直何度、音を上げそうになったかわからない。


しかし、その度にサミュエルの小馬鹿にしたせせら笑いが脳裏を過っていく。

どんなに飾った言葉を口にしても、誤魔化しても、自分の気持ちは偽れない。


サミュエルを思うと……腹が立って腹が立って仕方なかった。


だからプラチナは一歩大地を踏みしめる度にその足の裏にサミュエルの顔があるように想像する。


そうするとどうだろう。


今の今まで音を上げそうに辛かった行軍が、まるで愉快なハイキングにでもなったかのように軽い足取りで沼地を進むことが出来た。


(ふっふふっ……私に踏まれて悔しい? 痛い? 許して下さいと言ったら考えてあげてもいいわよ?)


あくまでも妄想の中でしか、仕返しができない弱虫なプラチナだった。


しかも、妄想でしかないと言うのに、まんざらでもなさそうな所が、極めて残念だった。


彼女の脳内で繰り広げられている図は、とても強くなった自分が、力づくでサミュエルに地を舐めさせ、その頭を柔らかい自分の足の裏で踏んでいる……そして悔しげに自分を睨み付けている、とまあこうしたものだった。


はっきり言って、負け犬の遠吠えにすらなっていないレベルで残念すぎる妄想だ。


しかも…しかもだ。


プラチナは、脳内で悔しげに顔を歪めるサミュエルを妄想しては、一人にやにやとほくそ笑んでいるというおまけつきだった。




実際に踏んでいるのは、泥と葦の葉と枯れた茎だったりするのが何とも言えず、哀しい。




そんなプラチナのたくましい想像(妄想)にも終わりの時がやってくる。


いい気分でサミュエルの顔を(本当は枯れ枝を)踏みまくってにやにや笑っていたのに、後ろからとん、と押された。


思わず枯れ枝に足元を取られてスッ転びそうになったが寸でのところで踏みとどまる。


「危ないですね! 何てことするんですか!!」


ぐるりと振り返ると、自分の後ろを歩くサミュエルを見上げてキイキイと怒りの声を上げた。


せっかくいい気分で歩いていたのに台無しだ。

顔面から沼へと転ばなかったのは奇跡としか考えられなかった。


「歩くの遅いんだよ。しかも一人でニヤニヤして気持ち悪いし……何考えてたんだ?」


「あ…あなたには関係ないでしょう? エリックさんの弟だと思って下手に出てれば偉そうにして!!」


あなたの顔を妄想で踏んでいましたとは決して言えないプラチナは、まくし立てるように反論した。


そのどもりが入った反論に、サミュエルが目を細めてじぃっ、と見つめてくる。


二人は睨み合って、、、最初に目を逸らしたのはプラチナだった。


やはり、心の中にやましい思いがあると、堂々とは振る舞えない。


ひそかに、ルイス・ガルシア男爵令嬢を凄いと思ってしまったプラチナだった。


「お前ら、遊びはそこまでだ。この沼の主様がお目見えだぜ」


エリックの緊張感を漲らせた一言にサミュエルは自然体で、プラチナは体をかちかちに固まらせて振り向いた。


沼の水面がゆらゆらと揺れる。波紋と共に水が一気に盛り上がり、一匹の大蛙が現れた。


それは大きな雨蛙で、けろけろっと鳴きながら沼地に座っている。


雨蛙の緑色をした濡れた体は、小さければ可愛いと思えただろう。

しかし、家ほどに大きいその姿を前に「可愛い」などと言えるはずもなかった。


エリックとサミュエルが互いに目配せをしあい、まずは強靭な四本の足を潰しにかかる。


グッと下肢の筋肉が縮んで膨らんだかと思うと一気に解放されて股関節から下の下腿がびょーんと伸びる。

水かきが宙を舞った。


エリックとサミュエルから逃れ、プラチナの前に降り立った大蛙は目にも止まらぬ速さで自慢の舌を伸ばしてくる。

一瞬でプラチナの細い四肢を拘束し、自分の口腔内へと引き込んだと思った。


自分の勝利を確信する。


小さな虫を飲み込むように、生きながら肉を飲み込む感触が大蛙は好きだった。


自分の舌が巻き付いた瞬間の恐怖と絶望にひきつった顔は最高に食欲を高めてくれる。


もう遅いと言うのに巻き付けられ、口元に引き寄せられる時になって始めてじたばたと暴れる身体の軋みを、大蛙は全身を通してゆっくりと味わうのだ。


口の中で叫び声を上げながら、何とか逃げようともがく獲物を舌を使って転がしてやる。


唾液が回って滑りが良くなったところを、優しくそっと舌で押さえてやって……一気にゴクンと飲み込むのだ。


喉を通っても、まだ悪あがきをする獲物もいたが、やがては静かになった。


満腹感に満ちた腹を水面につけながら自宅にしている葦の葉で編んだ空洞で夜まで眠る。


蛙の1日の、幸せな一時だった。


プラチナは腰からダガーを抜くと、両腕を上げる。そこに蛙の舌が巻きつく。

自分の腰の辺りに巻き付かれた筋肉の固まりに迷いなくまっすぐにダガーを差し込んだ。


筋肉の繊維に沿って縦に切り裂く。

赤い鮮血がぴしゅっ、と跳ねた。


蛙はたまらないとばかりに舌を引っ込める。仕舞った口内から絶え間なく血液が流れ続けていた。


蛙の武器は強靭な筋肉で出来たしなる鞭のような舌にある。

それを封じられたとあっては、蛙に勝機は残されていない。


自分が獲物を捕らえて食べるのは何より好きでも、反対に自分が捕らえられて殺されるのは絶対に嫌だ。


蛙は僅かに残った身体機能である跳躍力を駆使して何とかその場からの脱却を図った。


「……ふんっ!」


気合いを入れ、エリックが手にしていた大剣で背後から斬りかかる。

サミュエルも騎士装の一部である握りに華やかな装飾の施されたサーベルを首に突き刺す。


蛙の喉から口腔に剣が生えたようになったとき、蛙の目から生気が失せた。


ビクビクっ、と痙攣している身体から剣を引き抜くと葦の葉で血糊を落として鞘に納める。


「さ、今日のメシは蛙肉のつみれ汁だぞ」


エリックがいそいそと鞄から鍋を取り出し、夜営の準備を始めた。








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