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50 やり返すつもりがやり返され









プラチナが顔を赤くしてエリックを見上げている。

しかしそこに、いいかげんうんざりした様子のサミュエルが「あのさ」と声を発した。


「いくら、うぶなお姫様だからって、今とか…バカなの? あんた、もっと色々反省することあるでしょ?」


プラチナほどの地位なら無知であることが既に罪だ。


そうなら、彼女はどれだけの罪を犯したのか。


「言っとくけど、俺はあんたを肯定なんてしてやらないよ。あんたの立場でだったら、もっとたくさん人が救われてたんだから」


サミュエルの言うことはもっともだ。

今さら知らされて「ごめんなさい、無知でした」で済む話しじゃない。

これから、国…世界が揺れる。


「あんたが学院でアホみたいな恋愛ごっこに興じている間に、名無しが何人死んだと思う? ガルシア男爵令嬢を巫女姫の権限で無礼討ちにしなかったのは、何故? あんたは立場上、全てを知り、その上で皇太子もろともあんたに楯突く貴族を血祭りにあげるべきだった! 今までだって、そうして巫女は守られてきたんだから!」


自分が我慢してしくしく泣いているだけで、あんた、何にもしてこなかったじゃないか!と責められる。


普通なら、情報を与えられなかったと憤るところだろう。

軍部が掴んでいる情報の1割でもいいから、自分に流してくれたら、ここまで放置はしなかったと言い返したい。


でも、プラチナにはそれが出来なかった。


何故なら、知っていても、知らなくても、自分がやらなければならなかった事……つまり、義務は変わらないからだ。


知っていたら、それこそもっと真面目に、必死に、自分は彼らを、彼女達を止めようと動いただろう。


権限を使って、全員の首をはねたかもしれない。


でも、知らなくても、巫女姫に対する侮辱罪が十分に適応できた案件だったのだ。


そこまで考えて、項垂れるプラチナを黙って見ていたエリックがねめあげるように弟を見た。

そのまま、低い声で「おい」と声をあげる。


「その話しを聞いて、誰もが思うことだが、そこまでこいつに期待するなら軍は何故一言も言わなかった?」


「誰も巫女姫様に期待なんてしてなかったから。だって、自分の与えられた権限の中でさえまともに振る舞えないお姫様に、こんなこと伝えられるわけないだろ」


兄さんも大概甘いよね、と鼻で笑う。

エリックは「言うほど甘いわけじゃないさ」と呟いた。

言いながらプラチナをちら、と見る。


「立場で判断してるのはお前じゃないか、サム? こいつはなかなか骨があるぜ」


「だから、甘いって」


そう言うと、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにさっさと前を行ってしまった。






大蛙の沼地と呼ばれる場所は、何とも変わった所だった。少なくともここで夜を明かしたいとは思わない。


葦の生えた水辺を鳥がばたばたと羽ばたいて飛んでいく。飛び地になっている陸が辺り一面水びだしの沼にぽつぽつと浮かんでいた。


陸地の端に縁取るように生える葦は背が高く、プラチナの丈を優に越すほどだった。


群生しているのは水鳥だけかと思ったが、それを養う水中の生き物も豊富だ。


泥水に住む魚は釣ったところで泥臭くて食べられたものじゃないが、鳥たちにとっては大変なご馳走らしく、忙しない動きでくちばしを泥に突っ込んでいる。


森を少し(と言っても半日は歩いたが)進んだところでこんな沼地に出るとは想像すら出来なかったプラチナは、目の前に広がる景色に目を見開くばかりだった。


「凄い」


「感動できるのは今のうちだけだから、存分にしておいた方がいい」


純粋に感想を言っただけなのに何故ここまで嫌みを言われないといけないのか。


いささか…いや、かなり不愉快な気分になったが眉を僅かに寄せるだけに留める。


そしてそのまま「初めての場所ですから。あなたのように見慣れてませんし」と返答した。


それにサミュエルは口の端を吊り上げるよううに嗤うと「それは失礼いたしました。ご無礼の段、平にご容赦下さいませ」と言ってくる。


わざとだ。


絶対に、わざと自分が不愉快な気分になるように言っているに違いない。


そう思ってプラチナは、ますます眉を深く寄せると「お気になさらずとも結構ですわ、サミュエル騎士殿」と言った。


つん、と顔を背けると彼から数歩距離を取る。


「貴方の兄上に(わたくし)、着いていきますので。今まで、お役目ご苦労様でしたわね」


慈悲さえ感じさせる微笑みを浮かべて、さっさとどこかに行ってしまえ、と言外に告げる。


しかし、サミュエルは何とも悲しげな顔で「ああ、巫女姫様…」と言ってきた。


「たとえ貴女様のご命令に背くこととなっても、決して(わたくし)めを不忠義者よ、と仰せになられませぬよう。私、サミュエルは神聖なる騎士の誓いに則り、巫女姫様の剣となり盾となって果てたく存じますれば」


とても乙女心をくすぐる、格好いい台詞だと思った。

その顔に、侮蔑と蔑みの嘲笑が浮かんでさえいなければ!


もう、この頃にはプラチナの額に青筋さえ浮かんでいそうなくらいの怒りで煮えたぎっていた。


ふつふつと沸き起こる怒りを何とかひきつった笑いに変えると「あら、構わなくってよ」と答える。


「私ったら果報者だわ。このように命をとして仕えると言ってくれる者がどれほどいると言うのかしら。でも、口では何とでも言えるもの……その言葉が真実であると真に信じるに足る何か良い手段はないものかしら?」


そこまで言って、たった今気がついたとばかりに、パチンと両手を叩く。


「私の忠義の騎士サミュエルよ。騎士団には新兵が入団した折り、特別な儀式をするのだとか……。何でも皆の前で踊るのでしょう? 是非、見てみたいわ」


何でもその踊りはとても恥ずかしいものらしい。


プラチナは口の端が意地悪く吊り上がりそうになるのを必死にこらえると、キラキラした眼差しをサミュエルに向けてみせた。


一方のサミュエルは冷ややかな眼差しで見下ろしている。


顔にはありありと、「こいつ、馬鹿じゃないか?」と書かれていた。


「さ、何をしてらっしゃるの? 早く踊りなさい」


おほほほほっ、と高笑いしそうになるが敢えて我慢する。そんな何処ぞの悪役令嬢のような真似はしないのだ。


「……不肖、サミュエル。巫女姫様のご命令とあれば致し方ございません。わかりました。仰せに従い、脱ぎます」


「……は?」


カチャカチャと鎧をとく音が生々しく響き、プラチナは頭が真っ白になる。


な、何で? 何で突然、脱ぎ始めてるの!?


いよいよ着衣に手が伸びたところで、青から赤に顔色が変わる。


「やめて、やめて、やめてぇー。それ以上はやめてぇ!」


プラチナがサミュエルの手首をガシッと掴んでズボンを下ろさないように止める。


今度はサミュエルがその反応に対して反対に、にやりと笑った。


「おや、私の裸踊りが見たいと仰せになったのは、確かに巫女姫様のはず。であれば、脱衣を止める道理はありますまい」


「もういいから! 脱いじゃダメ!」


しばらく押し問答を繰り返していると、そのやり取りを黙って見ていたエリックが一言、冷静に呟いた。


「お前ら、仲良しだな」


「「仲良くないっ!!」」


二人の声は、きれいに重なっていた。

その声は、沼地を駆け抜けて行ったのだった。









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