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05 世界の成り立ち

パンくずを払い落とすと、エリックさんの後をついて城下町の外につながる門を進む。

城門を北から出て、街道を馬車で行けば6時間ほどで隣村に着く。根の領土は農業が盛んな農耕の土地だ。

辻馬車を降りるとそこから先はクエスト主の村まで歩きだ。エリックは自分の胸元ほどまでしかない背丈の少女に気を配りながら出来るだけ舗装された道を歩いていた。

「今日は根の国で泊まりだ。念のため訊いておくが、外泊は大丈夫なんだよな?」

国の兵士にいきなり夜中に踏み込まれて誘拐犯として逮捕されたら目も当てられない。

そんな思いが伝わったのだろう。プラチナがこく、と頷いた。

「私はこの度、巡礼の旅に出ると家には伝えてあります」

「…は?」

今、聞き覚えのない単語を聞いたような顔でエリックは唖然とした。

「学院にも同様に。しかし、家と学院からは卒業に支障が出てはいけないと、各地の寺院にある転移門を利用して通うように言われています」

「…は?」

二度目の驚きだった。

エリックは言葉が出なくなるんじゃないかと思った。

「はい、そうですかって話しじゃねえぞ? 転移門だと?」

寺院の転移門…その存在を目にした者は少ない。

別に伝説の遺物というわけでもなんでもなく、特権階級でもごく一握りの存在にしか使用を許されていないからだ。

「そんなもんを使えるのは、王族…あとは神樹の巫女様と次代の巫女である巫女姫様だけだ! 」

言うだけ言って、エリックは頭を抱えた。巡礼の旅、寺院の転移門…もう目の前の少女がただの貴族ではなく、今自分が言ったうちのどれかだということは分かっている。

「で、あんたの肩書きは?」

「神樹の巫女姫、次代の巫女です」

だよなあ…。

頭を振って納得させる。何だか泣きそうだ。

「で、何で巫女姫様ともあろうお方がこんな所でFランク冒険者なんてやってんだ?」

もう、聞きたいことは全て聞いておこう、と思い直す。いや、開き直る。

プラチナは少し考えるように視線を宙にやるとエリックを視界に入れる。そしてまっすぐ見つめてきた。

「話しが長くなりそうなので所々割愛します。まず皇太子殿下から婚約破棄されました。その晩、当代様より邪神討伐の命が下ったのです。だから私は人知れず冒険者として討伐の…」旅に出ようかと…と続くはずの台詞はエリックの「おい、」という野太い声に遮られた。

「何であんた一人で旅をしている?護衛は?神樹の巫女姫なら護り人がいるだろ?」

そのもっともな言葉にしかし、プラチナは首を左右に振った。

「護り人とは王族のことなので、今回はいません。巫女は神樹を、王族は権力を、それぞれ司るのです。権力とは武力でもある…それは王家のものです」

さらりと言い放つプラチナに眉間のシワが深くなる。

「権力には、財力も地位も含まれるはずだ。王家から切り離されたお飾りの巫女姫がどうしてほっつき歩いてられるんだ?」

「…巫女はお飾りではない、ということです。巫女が祈ることで神樹に力が充ち、神樹こそが世界を成り立たせている要。神樹に力が充ちていなければこの星は大気を剥ぎ取られ、水は枯れ、土壌は砂塵となり、生命は消え失せ、ただ炎熱と氷雪に覆われた死の星となり果てるのです。それを防いでいるのが神樹であり、神樹に力を注ぐことができる唯一の存在が巫女です。だから、王家がどれほど力を持とうと巫女の存在価値は変わらない。変わりようがないのです…」

ぐっ…とこらえるように呟くとプラチナは振り払うように首を振った。

パッと顔を上げると、エリックさん…と呼び掛ける。

「私は、国の…いえ、世界の礎となることを運命づけられています。私にしか出来ないことです。王家も貴族も地位も、私の本質には何一つ関わりのないことなのです。神に祈り、神樹に力を注ぎ、そして神樹もまた私を守ります。これが古から続く世界の仕組みなのです」

プラチナの話しにエリックは「あー」と唸って頭をかく。

「エリックさん?」

「いや、なあ…話しがでかすぎてよ。ところで、俺の質問はよく理解されてないようだな。俺が言ってたのは、力を…神様うんぬんじゃなくて、権力、武力の方だが…奪われたあんたがぶらついてられるのはどういうわけだって言ったんだ。そんだけ大事な存在なら、王宮の一室に監禁しておけばいいだろ?」

神樹の巫女姫と言ってもただの女の子なんだし、その気になればどうとでも出来るはずだ、とエリックは言った。

「そうですね…巫女の価値は次代の巫女にのみ伝えられるものだからです。王族にも告げません。利用されますから」

プラチナの発言に、冷や汗が伝う。それを悟られないようにエリックは話を続けた。

もう、自分は引き返せない所まで来ている…そんな流れを否応なしに感じていた。

「おいおい、それでよくやって来れたな…。権力を王族に預けて、宗教だけで保ってきたのかよ…」

信じられねえ、とエリックは呟く。そんな事をしたら、今回のようなことが日常のように起こるはずだ。

巫女の本当の価値を、さっきの話を王族は知らないことになる。

どういう理屈で、今まで歴代の巫女は守られてきたのだろう…。宗教の力を、何が維持してきたというのか。

「わからねえ…」

エリックの言葉にプラチナは視線を自分の爪先に向け、何かを躊躇うように言葉を呑み込む。

やがて意を決したように顔を上げると「エリックさん」と声をかけた。





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