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49 自覚





道すがら、ガルシア男爵のやってきたことをかいつまんでプラチナに伝える。

しっとりした土に生えた露を含んだくるぶしまでの草が踏むたびにがさがさと音を立てた。


「……名無しなんて、知らなかった」


ガルシア男爵が何を企んでいるのか、娘のルイスは国をどうするつもりなのか。

皇太子殿下は…国王陛下は…。


…神樹はどうなるのか。

世界は、どうなってしまうのか。


考えてもどうにもならないことばかりが頭の中をぐるぐると巡る。

自分は今まで彼らの何を見て、何を理解してきたつもりだったのか。


「私、何も知らなかった。殿下とルイスが恋をしているとばかり思っていた」


もっと、私にだけ残酷な物語だとばかり思っていたのだ。

二人は劇的に恋をして、邪魔な婚約者を排除して、最後は結婚して……。


「こんな……こ、んなっ…」


世界が、終わってしまう。


今までだって世界中の人たちにとって、完全でもなかったし、優しくもなかった。

現に名無しなんて人たちが確かに居て、人の涙を、呻きを、叫びを糧に世界は大きく、強くなっていく。


そんな中で、残酷にも幸せな人もいて、不幸と幸せの明暗ははっきりと分かれているようで曖昧だ。


残酷な、優しい、冷徹で、愛しい……私たちの世界。


「……甘かったんだ、私は」


自分だけが我慢すれば、それでいいと思っていた。

あんなにおかしいと、邪神の胎動を感じていながら、一番楽観的で、一番……愚かだったのだ。


「まさかっ…世界の破滅をもたらす話だったなんて…」


油断していた。

邪神が復活した後、その首を取るということが何なのか。

全く、考えてなかったということだ。


「もしも、ガルシア男爵家が邪神と繋がりを持ち、復活を目論んでいるなら…当代様に命を受けた状況になれば、神樹は既に失われている」


あの、満月の水面を見た状況では、既に邪神は復活していた。

現状を考えると、ガルシア家が噛んでいるに違いない。


そして今、ガルシア家は何を生み出した?


「皇太子妃殿下」と「神樹の巫女姫」の二つの肩書きを手に入れた。

どちらも簒奪だが……強大な権力を有する、事実上、国の頂点だ。


「何を今さら、青い顔してやがる?」


プラチナが蒼白な顔色で悲壮感漂う絶望的な表情を浮かべる。

それを見たエリックは呆れ果てたように流し目を送った。


「そんな事は端から折り込み済みだろうが。お前はなんのために冒険者になったんだよ」


下草を踏みしめながら森を進むエリックにプラチナはすがるような、自信のない顔を向ける。

だがしかし、前を行くエリックには当然その顔は見えない。


「邪神討伐を目的にお前は動いていたじゃねえか。今さら怖じ気づいたってのか?」


その言葉に瞼を揺らして、そっと伏せる。

自分が踏む草の音と、そのたびにむわ、と青い匂いが漂ってきた。


「そんな事ない……ううん、そう。エリックさんの言う通りです。そうです。わたし……わたしは…もうイヤです…。こんなこと、聞いてなかった!」


今までは結局、遊び気分だったということだ。

邪神討伐も、冒険者登録も、安心で安全な場所から、「神樹の巫女姫」の立ち位置から動いていた。


いくら男爵令嬢に出し抜かれ、皇太子殿下から婚約破棄されたとしても、自分には何の問題もなかった。


それが始めてみればどうだ。


皇太子妃も神樹の巫女姫もなく、たった一人、15才のやせっぽちな女の子がいるだけになってしまった。


「だって、私には何もない……なんにも残っていない!」


世俗でも神殿でも、双方の力を剥ぎ取られ、権力も、地位も、何もない。


もはや自分は何の力もない。


「でもお前、言うほど巫女姫の肩書きに救われたことなんかねえだろ? 大体、何もない…はないだろうが」


そこまで言って、エリックはくるりと振り返った。


「今のお前は皇太子妃殿下でも巫女姫でもない。でも、お前はたった一人で冒険者ギルドに来て、俺に助けてくれと言った」


エリックはプラチナをまっすぐ見つめながら、視線を合わせるためにしゃがんだ。

揺れる紫の瞳に新緑の瞳が交わる。


「それは、勇気だ」


お前には勇気がある、と言って頭を撫でる。

プラチナの顔がくしゃ、と歪んだ。


「あの時は何も分からなかっただけかもしれない。今はちょっと色々知って、自分の小ささも相手の大きさも少し見えて、怖じ気づいちまってるのかもしれねえ…」


潤んで見上げる紫の瞳を、彼女いわく「やせっぽちで無力な15才の女の子」をエリックはひたすらにまっすぐ見つめる。


真剣に、愛情深く、真摯に。


「あの時、お前がいたから俺は今、ここにいる」


無力で、考えなしで、気楽で……要するに何も知らないバカな自分。


そんな自分の行動が、エリックという男の存在そのもので……全肯定された。


「いいん、です…か。いい…んです、かぁ? 」


泣きながら、わけも分からず問いかける。

言ってるプラチナにも、何が「いい」のかよく分からない。

でも、涙が止まらなかった。


「いいんだよ……お前は、お前で」


深く、低い声でそう言われ続けて、プラチナは何か、すとんと府に落ちる。

ずっとぐしゃぐしゃしていたのに不思議だと思った。


そして、心の底の方から自然に、何の脈絡もなく、当たり前に思いが染み出す。





ーー私、エリックさんが、好きなんだーー





プラチナは自分の気持ちを、やっと自覚した。
















あとがき

途中まで書いて寝てしまいました。すみません。4月は移動の季節で慣れるのに大変です…。


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