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48 兄弟共通の敵





「まあ、そうやって大尉がガルシア男爵家にきな臭さを感じて俺たちを集めたわけだけど…事ここに至ってみたら、お見事と言うべきなんだろうね」


業腹だけど、と唇を尖らせる。

サミュエルが燃える火に顔を炙られながら、冷静に呟いた。


まるで生き物のようにゆらゆら揺れる炎が国の行く末を象徴しているようで寒気がする。


「ガルシア男爵家は異世界人から得た知識を元に人体実験を繰り返していた。そうやって得たデータを使って、娘を強力な魔女に仕立てたんだ……現当主、アイザック・ガルシアとマリアンナ・ガルシアの二人がね」


「軍がそこまで押さえていたなら、何故摘発しなかったんだ?」


エリックの疑問は非常に理性的であり、同時に正義を感じさせた。

つまり、この世界の主要な働き方とは方向が違うということだった。

サミュエルが苦味走った顔で「兄さん…」と言った。


「男爵は罪を犯していない。犠牲になったのは全てスラムの名無し達だから。娘への魔術も親ならば許されている。子供は親に所有されており、全ての権利は親にある」


名無しとは、読んで字の如く「名前を持たない者」のことだ。

彼らは国土の内部で生を受け、女の股から出てきた……ノラ犬、ノラ猫のようなものだった。

国民として登録されていない存在であり、悪くすれば街の治安を乱すとされて役場で捕獲され、処分されてもおかしくない。


道ばたで生まれ、道ばたで死んでいく。

スラムに住む、あらゆる人間たちの蔑称にして総称。


人の姿をした畜生の扱いを受ける者…それが「名無し」と呼ばれる存在だった。


彼らにはのしあがるチャンスすらない。

正規の方法で賃金を得ることも、人格を尊重されることも、ない。


名無し…スラムの人間に対する救済案を国が提示することはなく、せいぜいが民間の団体の働きしかなかった。


国は、彼らを顧みることをしてこなかったのだ。


エリックもサミュエルも、名無しだった。

彼らの名前は彼ら自身がつけたものだから。

しかし、彼らはまだ運が良かったのだ。


ガルシア男爵に捕獲されずにすんだのだから。


「無実の者…しかも貴族を突き上げるわけにもいかない。人体実験も、娘への魔術も、法律で何一つ裁けるものじゃない。特に一連の実験データは学会でも高い評価を得た。出る所に出れば、男爵は今でも尊敬の的だ」


魔術の歴史を10年早めた、と称賛された彼の実験は国の学者が真似したがったほどだ。


そのとき、スラムは……とてもクリーンになったと……人々から喜ばれた。


「屑が!」


エリックが我慢ならないとばかりに吠えた。

スラム出身の名無しでも、運を片手にのしあがれるのだ。

命を担保に危ない橋も渡らなければならない。


だが、だからこそ、エリックは…Cランク冒険者になれた。


「だけど、僕たちみたいなケースはやっぱり稀だと思う。だから僕は上に掛け合って名無しの兵士雇用枠をねじ込んだ。兄さんだって…」


「ああ、俺だってギルドの上に掛け合って、薬草採集とポーション作成はスラムに回して貰えるように掛け合っている。世界中のギルドにこのルールを浸透させるのは、ちょっと骨が折れたがな」


さすが赤の戦鬼、とからかってやれば「うるせえ」と顔を赤くしながらぷいっと横を向いた。


我が兄ながら、ちょっとかわいい。


「端的に言うと、ガルシア男爵は俺たちの涙ぐましい努力を嘲笑うかのようなやり方で被験者を集めてデータを取っていたってわけ」


燃えた枝がぱちんと音を立てて爆ぜた。

ぱらぱらと火の粉が舞い上がり、動きを生み出す。

隣の巫女姫の平和な寝息が鬱陶しさを助長させて、サミュエルはいらいらした。


「とにかく一度、この国を離れるか…」


話はそれからだとガマの穂茶をぐっと飲み干す。それにはサミュエルも同感だった。


あの魔女が国を動かすとなれば、1日でも早く亡命した方がいい。


「まず、ここから西に突き進んで、大蛙の沼地を抜ける。それからは山道に入り、黒豹の背骨を右肩方面に行けば、砂漠の入り口だ」


エリックの提案にちょっと驚きを隠せなかった。ちらりとプラチナに視線を向けると、心配そうに眉を寄せる。

自分達なら問題なく越えられるコースだろう。だが…。


「お姫様は行けるかな?」


「行くんだよ」


サミュエルの心配に、しかしエリックは一顧だにせず言った。

どちらかと言うと、にべもない、とりつく島もないほどの言い方にも聞こえる。


それは冷ややかなようにも、信頼を寄せているようにも聞こえた。


サミュエルは兄の炎に照り返されて赤く光る横顔をちら、と盗み見ると(さて、どちらかな)と思う。


しかし、エリックは不敵に笑うばかりで真意を口にすることはなかった。







あとがき

ガマの穂茶……ちょっと飲んでみたい気もします。

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