46 過去④
勝手に見習い騎士に登録され、勝手に風呂と寮にぶちこまれ、明日から訓練の日々だと言われたところで何一つ納得できない。
大体、状況が理解できない。
あの男が自分に何を求めているのか、スラムのガキを食わせて騎士にする目的は何なのか…。
自分はこれから何をやらされるのか。
部屋に半ば監禁するようにしてぶちこまれた寮で何とか外と連絡を取りたいと思う。
特にエリック兄さんが心配していると思うと居てもたってもいられなかった。
いくら、こんなに暖かい布団にくるまって寝るのは生まれて初めてだからと言ってもだ。
「…兄さん」
泣きそうになりながら布団を頭まで引っ張った。
「あんな子供をさらって来るなんて犯罪ですよ」
執務室でぷりぷりとラズウェルに怒りを向けても、肝心の相手は書類から顔を上げようともしない。
「ああ」とか「そうだな」などの生返事しかしない上司に机をばん、と一つ叩いた。
「こう何人も何人も道ばたから拾ってきて! 何を考えているんです?」
サム一人が連れてこられたわけではなかった。彼があらゆる場所から連れ去ってきた子供たち。
…そう、全員が10歳に満たない子供だ。
「……お前、自分の小飼いを持たなくていいのか?」
ラズウェルが珍しく自分の質問に反応した。
「…は?」
大尉の問いかけの意味が理解出来ず、聞き返す。つい先日、神樹の巫女姫が誕生したこの国でなぜそんなものが必要なのか。
ますます、栄えることは想像に難くないというのに。
「いいか、セドリック・バーナード中尉、よく聞きやがれ」
書類から顔を上げたまま、ぴたりと自分を睨む細められた目は剣呑な輝きを帯びていた。
「今は嵐の前の静けさだ。全く新しい価値を引っ提げた新時代がそこに、もう来てる。お前にその足音が聞こえないのは不思議でならん。新しい時代の始めには、必ず大きな戦がある……」
「……どういうことですか」
ラズウェルの言葉に机の前まで一気に歩み寄るとセドリックは顔をぐっと近づけた。
机の引き出しから束ねた紙面を取り出すと手渡す。
引ったくるようにして受けとると、セドリックはわき目も振らずに文字を追っていった。
「……これは、本当ですか」
「ふんっ、ようやくひねり出したにしちゃ陳腐だな……全て事実だ」
それは、とある男爵家の調査報告書だった。
その家では神樹と巫女と巫女姫の関係について、秘密裏に進められていると記されている。
その研究内容が次のページからは詳しく書かれ、目を通すだけで胃の府から苦いものが込み上げてくるようだった。
「なぜ、国の中枢で扱うレベルの情報を……一男爵家が?」
「全くだ。本当に異世界人ってやつは厄介極まりない連中だな。奴らの国の言葉で、チートとか言うそうだぜ?」
くだらん呼び名だ、と忌々しげに吐き捨てながら、なお、口角を吊り上げる。
セドリックは蒼白になりながら口の中で「チート…」と呟いた。
「奴らの力を借りて男爵家は何かをするつもりだ。今はそれを探らせている……ガキどもは俺が目利きして集めた奴らだ」
お前に教育を任せたい、とラズウェルが言った。セドリックはごくり、と唾を飲み込むとうなずく。
ここまで聞かされた以上、断ることはあり得ない。聞く前に戻れるなら、絶対に聞かなかったが、今となっては後の祭りだった。
当然、何一つ選択肢など用意されていなかったのだが……。
「……ガルシア男爵家は何を企んでいるのでしょうか……」
背中に伝う冷や汗の感触に身震いする。
想像以上に大きな敵がこの国で蠢いているのをはっきりと感じた。
「さあな。一つ言えるのは、ろくなことじゃないってだけだ」
大尉の手の中で、書類の束が音もなく燃え上がり、赤く縁をなめて灰が舞う。
窓を開けると、空中で燃え尽きた灰が風に煽られて粉微塵に消えていった。




