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44 過去②






サム・ハイリッヒは孤児だ。兄貴であるエリック・ハイリッヒと共にスラムのゴミ溜めで食いつなぎ、スリやかっぱらいで生きてきた。


10歳になったとき兵隊に捕まって、縛り首になるところだったが一命をとりとめ、その時の経験をもとに今後はもっとまともに生きていこうと決意した。


その後、数奇な縁を得て、兄のエリックは冒険者の道へ進み、弟は騎士の道を志す。

しかし、それは茨の道よりなお険しいものだった。





サムがその機会を得たのはほんの偶然だった。


彼はいつものように人混みに紛れ、裕福な紳士淑女のあたたかい慈悲のおこぼれを頂戴しようとしていた。

小銭を稼ぐには物乞い、そこそこ稼ぐにはスリ、いっとき腹を満たすには万引きと、まあいろんな方法がある。


しかし金を稼いだからといって、普通に買い物はできない。

店の連中は、浮浪児が金を持っていれば、それは犯罪の証とでも言うように兵士にタレコミをしやがるからだ。


金に名前が書いてあんのかよ!と何度目か分からない台詞と共に店先へ唾を吐き捨てる。

店側の認識が、「あながち」どころか「全く」間違いではないことが悲しいところだった。


そうは言っても、道を歩けば犯罪兄弟のように見られ、金を手にすれば誰から盗んだんだと言われる。


だからと言って社会が自分達を全く必要としていないかと言えば、そうでもない。


クズのゴミでカスでくそったれのちびガキはいつでも社会の人気者だ。


誰もが気持ちよく見下せる相手、同情を寄せたり、気紛れに蹴っ飛ばしてみたり、そういうことをしても許されてしまう存在はいつの時代でも必要だった。


この間のようなヘマをやらかしたら、今度という今度こそ、縛り首直行だ。だからと言って、これ(スリ)以外の何があるというのか。


気紛れに助けられても、食いつないで生きていくのは自分達なのだから無責任にも程がある。


そう思って、結局自分達にまともな稼ぎなんて無理だったと思い知り、シルクハットに燕尾服の豚野郎に手を伸ばした……ところで横合いから出てきた手に腕を捕まれた。


「おい、俺が見逃すのは一度だけだ。二度目は兵士に突き出す、そう決めてる」


それはついこの前、神樹の巫女姫生誕年だからという理由でエリックとサムを庇って、見逃すよう進言してくれた男だった。


サムは盛大に舌打ちすると、男に掴まれた腕を振り払おうと力を入れる。しかし、その戒めがとけることはなかった。


ずるずる引き摺られるようにして道を歩くうち、次第、次第に惨めさがつのった。


自分って人間の圧倒的なまでの無意味さに泣けてくる。


さっきまでの威勢はもう、からっきし残ってやしない。


「どうせ、あんたに俺の気持ちなんて分からねえよ」

「………」


返事もなく、反応もなく、掴む力も歩く速度も変わらない。

サムは唇を噛みしめながら尚、口にした。


「まともな連中になんか分かるわけない…おい、あんた、この前俺達を助けたよな? いいことをした、親切な、善良な、慈悲に満ちた行いだってそう思ってんだろ……くそったれが!」

「………」


もうこの際だ、言いたいことは全部言ってしまおう、とサムは思った。

世界への、自身がいやが上にも背負わされた運命への、そして自分への、渾身の呪いを目の前の男に叩きつけてやろう、と。


呪うことは慣れている。

毎日、毎晩、生きてることを呪わない日はないのだから。


「気紛れに助けるくらいなら、その腰の剣でぶっ刺せば良かったんだ。無責任に命だけ助けたってなあ…いいか、よく聞きやがれ! 受け皿がないんだよっ! 俺たちはクズでゴミなんだ。そう、世の中の連中が求めてるんだよ!!」


サムはだんだん、言いながら惨めな気持ちになって泣けてきた。

涙が頬を伝って転げ落ちていく。

泣きながらふと、自分が死んだら兄さんはどうなるだろう…と思う。

………泣いてくれるだろうか。


「あんたらはいつでもそうだ。正しいなにかで動いてる。うらやましいよ……安全な場所から、他人にくれてやるものを持ってる。いいか! そんなもんは、あっという間に崩れちまう、幻みたいなもんだからな! その時は、正しいものが悪になって、悪が守るべき正義になる……これは俺の呪いだ。みんなして俺達を馬鹿にしやがって…ちくしょう…ちくしょう…」


ずるずる引き摺られて、とうとう兵士の守る城の詰所につく。重厚な造りの煉瓦で出来た高い城壁は入る者も出る者も拒んでいるようだと思った。


兵士が一斉に男に敬礼をして門を開ける。


そのまま、城の中に入っていった。










あとがき

ここから掘り下げるか、「~そうして数年が過ぎていった」と続けるかで悩んでいます。


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