41 光りの道しるべ
暗闇から暗闇を抜けるように走り、足を必死に動かす。
筋トレで日頃鍛えているとは言え、足場も悪くて上手く走れない。
後ろから追いかけられていることは感じるが、距離や速度までは分からなかった。
「……っあ」
草に足を取られ、派手にすっ転ぶ。
思わず両手を地面について支えるが、立ち上がるより先に草を風が割っていくような音が背後から聞こえる。
あっさり追い付かれると腕を後ろに軽くひねり上げられ、肩にぐっと力を込めて膝をつかせられた。
「逃げられるわけがないだろう」
もう少し賢いかと思っていた、とサミュエルの呆れが混じった声が頭上から聞こえる。
項垂れて言葉も出ないプラチナの耳もとにもう一つの足音が響いた。
いやが上にも現実を理解する。
ランタンの男ーー多分、男だわ…とプラチナは思ったーーがこちらへやって来たのだ。
さくさくと草を踏む男の足音と、ランタンのカシャンという音が混ざりあって近づいてくる。
顔を上げて確かめる勇気など、プラチナにはなかった。
本来の自分の立場なら、どんな時であっても顔を上げてしっかり前を見据えていなくてはならない。
こんな、罪人のように膝をついて項垂れる神樹の巫女姫がいるだろうか。
しかし、これから我が身に降りかかるであろう、考えられる限りの酷いことを軽々と越えるような、恐ろしいことが待っているに違いない。
それはもう、口にするのも憚られるような……恐ろしいなにかだ。
想像が追い付かない分だけ、より一層恐怖と不安は倍になってプラチナの心を責め苛む。
自分が何者でもなく、名前すら持たず、ただのつまらない、ちっぽけな女の子として存在しているにすぎないと、思い知らされているようだと思った。
私は…と言いかけて、続ける言葉など何も持ち合わせがなかったのだと突然気づかされたように、ただ口をぽかんと開けるしかなかったように。
プラチナは己の無力を心から呪った。
もっと自分に力があれば、と唇を噛みしめる。
ランタンの男の爪先が視界に入り、いよいよ終わりだとプラチナは絶望した。
「夜の森で走ったら、危ないだろうが!」
そんな言葉とともに、頭上へと拳が降ってきた。
プラチナは痛みで涙が滲み、目の前がチカチカするのをそのままに、のろのろと顔を上げる。
信じられない…信じられない…信じられない!
目の前に立っている人は、ランタンを持っている。
それは男が身動ぎするたびに、中の火をゆらゆらと揺らしていた。
「え…エリッ…ク…さん?」
「他の何かに見えるか?」
ランタンのぼんやりとした灯りに照らされて、浮かび上がる輪郭ははっきりとしない。
正直、よく見えない。
だからと言ってプラチナがエリックを見間違えるはずがなかった。
「エリックさん、エリックさんエリックさんだああ…」
言いながら堰を切ったようにとめどなく涙が溢れてくる。
何を思ったのかサミュエルが拘束を解く。
ふらつく足取りで立ち上がると、プラチナはよろよろと歩み寄り、エリックの腰に両腕を回した。
それは色気を帯びた女性の仕草ではない。
行き場を失った子どもが親に再会した時のそれだった。
泣き続けて、次第に遠ざかる意識の中、ずっと背中を撫でてくれる大きな手のひらと、低く囁くような声を聞いていた。
その声は「よく頑張ったな」と言っていた。
あとがき
書きたかったんですが、ご都合主義に見えるかもと少し不安ではあります。
でもまあ、書きたかったんですが…。




