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40 暗闇の形



奥へ奥へと森を進む。枯れ草を踏むたびに、枯れ枝を踏むたびに、立てる音が追っ手を呼び寄せるんじゃないかとプラチナは気が気ではなかった。


最初に足を踏み入れたときは、まるで救われたように感じたというのに、今ではもう林立する大木が怖かった。

木の影から飛び出してきて、兵士が自分を捕まえに来るんじゃないかと思うと、息さえ自由に出来なくなりそうだ。


あちらこちらの茂みも、もちろん樹木の影も、月明かりを照り返す湖も、平和な時に見ればこれほど心が慰められることもないだろうというほどに美しかったのに、それを味わうことは残念ながらプラチナには無理だった。


(…こわい)


精一杯の虚勢を張ってサミュエルの後ろを着いていく。自分が怖がっていることをこの男に知られたくなかったし、何よりもプラチナ自身が認めたくなかった。


だから弱音も吐かず、顔はしかめっ面のまま口を一文字に引き結んでもくもくと夜の森を突き進む。

前を行く男に遅れないように、無理をしてでも自分を奮い起たせていることを悟られないように、ことさら軽々とした足取りで歩いてみせる。


だがしかし、どこまでいっても虚栄は虚栄だ。


道として整っていない草だらけの足場は歩く者におびただしい疲労を与える。


まるで何時間も歩き続けているように感じさせたし、まだ30分も経っていないと言われたらそんな気がするし…足元は濡れた靴下が気持ち悪いし、第一に寒いし…プラチナはもう限界だった。


本当はポーチに仕舞ってあるローブを引っ張り出して着ればいいのだが、それすらも思いつかないほど追い詰められている。


正常な思考が出来ないときは、普段だったら当たり前にやっていることでも難しくなるのだ。


(うう…エリックさん…エリックさん…助けて)


プラチナがもし今、部屋にいて、身体をひたすら動かし続けることを強制されるような環境じゃなかったら、とっくの昔に泣きべそをかいていただろう。


プラチナが泣かないのは強いからではなく、涙を流すことを許してもらえない環境だからに他ならなかった。


遠く、森の奥の木々の合間から赤い光が生き物のようにゆらゆらと動いていた。


それはすぐに人の持つランタンの灯りだと気づく。

サミュエルが迷うことなくそちらへ足を進めるのとは対照的にプラチナの足はその場に縫い付けられたように立ち尽くす。


プラチナの目が疑心と恐怖に揺れ、不安と怯えが暗闇と共に染み込んでくるようだった。


ランタンがゆらりと炎を揺らすたび、火の粉がパッと舞い踊るたび、ますます不安に、ますます恐怖が忍びこんできた。


もう、サミュエルとの距離は大分空いてしまっている。


いけない、早く自分も行かないと…と思って鈍る足を前に出そうとしたとき、ふと囁きが脳裏を過った。


…今なら、走れば…逃げられる…


ランタンの人物はもちろん、サミュエルとも十分に距離が空いている今なら……。


敵か味方か分からない男たちの元に自分からのこのこ出ていくのはこれ以上ないほどの愚策に思えた。


そう思うと、もう、それ以外は考えつかなくなる。

こんなぎりぎりの精神状態で思い付いたことなんて大抵ろくでもないことに決まっている。それだと言うのにプラチナには、逃げることがこれ以上ないくらいの最上のものに思えた。


茹で上がった頭で冷静に距離を計りながら一歩、後退する。


また一歩、もう一歩……。


とうとう10歩も下がった辺りで、クルッと踵を返すとプラチナは来た道をめちゃくちゃに走り始めた。


そこまですれば、さすがに二人も気がつく。


「逃げられたっ」

「追え!捕まえるんだ!」

と叫んで全速力で追いかけてきた。













あとがき

人物との絡みがないと、何か寂しいですね。

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