39 同じ星空
当代様の現状を聞いて、いよいよ終わりだとプラチナは思った。
これからどうなるのか、本当に目の前の男は助けてくれるのか…。
さすがに信じることは出来ないが、人を一突きで倒す腕前は本物なのだろう。
水しぶきで濡れた靴下がいい加減気持ち悪いが、乾かすことも換えることもできない。
やがて、道の先に細い階段が現れた。
降りてきたのと同じだけ、登る必要があるということなのだろう。
騎士の後ろをなすすべもなく着いていく。
彼がどこに向かっているのか、どうしたいのか、全く分からなかった。
ずいぶん暗い中を進む。石で出来た階段と壁にかけられている松明と騎士の男の後ろ姿しか見えない。
プラチナは階段を登り、登り、登り続けて、最後に一歩踏み出した。
それまでとは全く違う柔らかな草と土の感触に外だとわかった。
今までのような松明が燃える匂いではなく、夜の森の木々と湿った土から立ち昇る、むんとするような濃い匂いが鼻を刺激した。
生きて呼吸する大地と木々の香りだ。
胸いっぱいに吸い込むと、天空へと視線を向ける。相変わらずの春の夜空の美しさに震えそうだ。
「悪いが、星空を眺めている場合じゃない。行くぞ」
言われなくても分かっていると思うと気分が悪い。
別にプラチナだって、うっとり見上げていたわけじゃない。
ただ、ずっと息が詰まりそうなトンネルの中を無言で進んでいた。
誰かとお喋りすることもく、気遣われたり気遣ったりもせず…ずーっと無言だった。
別に文句があるわけじゃない。
打算で得た仲間だし、気を遣う必要がないだけ気楽とも言える。
いつ裏切られるかとか、そもそも仲間になるなんて嘘っぱちで、行った先には男の沢山の仲間に取り囲まれるんじゃないかとか…。
そんなことをずっと考え続けておかしくなりそうだったとか、そんなんじゃ断じてない。
ないったら、ない。
ただ、不覚にもちょっと泣きそうになっただけだ。
夜空があまりに…あの時と同じ、変わらないから。
「分かっています。それで、どこに行くつもりですか?」
ムッとしたまま言い返すと、男は一人で歩き出す。
つまり、自分には何一つ教えるつもりはないということだ。
(あ~、ムカつく、ムカつく、ムカつく!)
自分に妙なことをしようとした男の仲間で、国王の手先で、今は私の同行者。
プラチナは目の前の男が無性に腹立たしかった。許されるなら、殴りたかった。
「ねえ! 名前くらい名乗ったらどうなの!?」
それなりに声を潜めながらも再びプラチナは食って掛かった。男がうるさそうに前を向きながら「サミュエル・ハイリッヒだ」と言った。
再び沈黙すると、サミュエルは前方の木々に視線を向ける。これからどこに行くのか考えているのだろうか。
「俺の仲間と合流する」
それだけ言うとサミュエルは右手の中指にはめている指輪に唇を寄せた。ぼそぼそと小さな声で喋っていて聞き取りにくい。
きっと仲間とやらと連絡を取っているのだろう。
話すことを話すと、彼は再 び黙々と歩き出した。
相変わらずこちらのことなど全くお構い無しだ。
この頃にはプラチナも既にサミュエルとコミュニケーションを取ろうとは思えなくなっていた。
「あなたのような無愛想じゃなけりゃいいけど」
「可愛いげのないガキよりマシじゃないか?」
サミュエルが珍しく間髪入れずに言い返してきて、カッと顔が怒りで赤くなった。
正直、プラチナは怒ったり怒鳴ったりしていないと一歩も進めそうになかったのだ。
不意に、サミュエルがにやりと意地の悪い笑みを浮かべてプラチナへと振り返った。
その笑みのまま「おぶってやろうか?」と聞いてくる。
プラチナは怒りで目の前が真っ赤になるのを感じながら「結構です!!」と言い放った。
あとがき
最近は道を歩いてても、この道を歩く感覚や雑草を文字にするとどうなるだろう、とか考えてしまいます。
それはともかく、昨日見た小さな黄色の花は可愛かった。
どんなに頑張ってみても、私のつたない表現ではリアルの質感に一歩も届かないんですね。
実在に脱帽です。




