38 精一杯の取り引き
階段に足を踏み入れると、背後の入り口が再びガコンと音を立てて閉じていった。
一瞬、まっ暗闇になってしまって息を飲むが、すぐに両側の壁に松明が灯っていく。
炎が灯っていくボゥボゥという音が延々と続いていた。
はるか下まで続く階段を一つ一つ降りていく。その間も騎士は自分の腕を取ったままだった。
「足元に気をつけろ」
騎士が最後の段を降りた先でプラチナを見上げながら言った。
足元は水が溜まっていて、歩く度にパシャパシャと音を立てている。
「何で、こんな事にっ」
授業が終わったら、明日になったら、また冒険の旅に出るつもりだった。
こんな場所でこんな事になっている意味が解らない。王宮は、巫女様は、どうなったのか…。
「…あの女が皇太子妃を名乗り、王宮で多くの野心家を抱き込んだ。だが、それは呪いの力を混ぜ物にした力を持つ言葉によって成したものだ」
取られた腕にグッと力が入った。
痛みに思わず顔をしかめるが、目の前の男は気づくことなく続ける。
「国王陛下がやられた。巫女の剣であり、盾である存在が…敵方についた、つまり当代はあなたと同じ立場だ」
呆然と話を聞いていたが、不意にエリックさんの言葉が脳裏をかすめる。
『そりゃお前、権力を実際に握りたい奴が現れたんだろ』
それが、国王陛下だとしたら……。
「当代巫女は東の離塔の最上階に幽閉された。もう、出られない」
淡々と告げる騎士の男に、返す言葉もない。
男は自分を握る手にますます力を込める。しかし、すでに腕先が痺れているため今度は痛みを感じなかった。
「そして、今、陛下は次期巫女であるあなたを南の塔の最上階に幽閉する指示を出した。俺は騎士として、仕事をしなければならない」
そこまで言って立ち止まると、何一つ感情のこもっていない目でプラチナを見た。
そこには、可哀想も、救ってやろうも、巫女姫に仕えようも…何もない。
ただ仕事をする男が一人、立っていただけだった。
プラチナは肌身離さず持っているマジックポーチを触りながら唇を噛みしめる。
どうか、私に力を貸して下さい…エリックさん!と強く願った。
「わ…私につきませんか?」
「……」
冷ややかな目で見下されていると誰にだってわかる。
この人には身分も、そして多分お金も関係ない。別に私が憎いわけでも嫌いなわけでもない。仕事だからやっているだけだ。
「わたしにつけば……あなた…あなたは、騎士の中の騎士と、そう…讃えられるわ。初めは裏切り者と呼ばれるかもしれない……でも、後世ではきっと、真の騎士として、偉大な仕事を成したとして、貴方の名前は代々語り継がれることになる!」
国に裏切られたお姫様を一人の騎士が身の危険をかえりみず、その身をていして助けたとなれば、それは物語の枠を越えて戯曲や芝居に引っ張りだこになるだろう。
しかも、それが…完全に実話に基づいているなら、なおさらだ。
「貴方の名前は星屑のルディンその人のお墨付きのもと、世界中の人びとが知ることになるわ。偉大な騎士、忠誠の徒、巫女姫の剣………ね、素敵じゃない?」
足はガタガタと震えて、歯がカチカチと鳴っている。
それでも、グッと足裏に力を込めて立つ。
胸の中で、ひたすらに「エリックさん」と名前を呼んでいた。
「……それも、面白そうだ」
たっぷり数十秒の時間をかけてプラチナを見下ろしたのち、騎士の男は不意に笑った。
「何よりも、あんたのその目…気に入った」
男がグッと顔を近づけると、覗きこんでくる。
その顔は愉悦に滲んでいた。
「生きることを諦めない目だ…まるで野良犬だな」
面白い、と唇を歪めて笑った。
あとがき
毎回同じことを言ってますが、ストックが~!ってなってます。
でももうとっくにストックなんて尽きてるので、いつでも書きたてほやほやです。
他の人もそうなのかな?と思うと、あらためて他の作家さんはすごいと思いました。




