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36風雲急を告げる


プラチナは今、騎士の男と共に暗い森の中を疾走している。

正確には騎士に半分抱えられるようにしながら必死にもつれそうな足を動かしていた。


「兄さん、右だ!」


騎士の男が叫ぶ。すると、それを受けて赤い髪の男…エリックが背に背負った大剣を振り下ろした。


そのまま斜め左に剣先を振り上げると、バサバサと何かが落ちる音が聞こえる。

騎士の男が、落ちたソレに自乗をこめて貫けば「がっ!」「ぐぅ…っ」と呻くような音を上げて静かになった。


再び、男が二人、駆け抜けていく。

プラチナは既に騎士の男に小脇に抱えられていた。














授業が終わり、教師が去った後のざわついた空間は、驚くほど平和だった。


そう、彼らが私の元へ来るまでは。



エルメス殿下とルイス嬢が仲良く私の机の前に立ち、後ろには彼らの友人達が固めている。

その二人に周囲の令嬢や令息は立ち上がって頭を下げた。しかし、何が始まるのか見当もつかない彼らは、顔色を伺うばかりだ。


「両殿下だわ」

「どうされたのかしら…」


ざわつく教室を尻目に二人が傲然と立つ。

エルメス殿下の隣で幸せそうに笑う妃殿下がちらりと自分に視線を送り、口許を笑みで歪めた。

昔だったら、かっとなっていただろう。


まだまだ、自分が可哀想で不幸だと思っていたから。


「席にお座りになられませ、殿下」


プラチナが冷ややかな眼差しを向け、切り捨てるように言い放つ。

かっとなって鋭い眼差しを向けたのは、エルメス殿下だった。


「無礼な! 私の妃となる者に指図する気か!」


私が女でなければ手を出されていたかもしれないほどの憎しみを込めた眼差しに、プラチナはちらりと一瞥をくれた。


「あら、無礼はどちら? 殿下も妃殿下も、私より偉いのかしら?」


初耳だわ…と呟いてみれば、今度こそ顔を赤くしたエルメスが大股で近づいてきた。


ぐっ、と襟首を掴まれると耳元に唇を寄せられる。生暖かい湿った息が気持ち悪い。


「調子に乗るなよ、プラチナ」と囁かれ、そのあまりの不快感に眉を寄せた。


そして、エルメスはパッと手を放すとその場の貴族の子弟に向かって演説するように語り始めた。


「みな、聞いて欲しい。神樹の神殿の話だ」


国のトップの争いに誰しも巻き込まれたくなくて、全員が黙って聞いていた。


さて、何が始まるのか…とプラチナも目を細める。この強気の元はどこにあるのか、とも。


「神殿の巫女姫がどのように決定されるか知らぬ者は多い。ここまで国の中枢に食い込んでいるにも関わらず、だ」


そこで一息切ると、エルメスは場をぐるりと見回した。


「巫女姫は孤児から選別される。その際、最も重要とされるのは見た目…白金の髪だ」


違う、とプラチナは思った。

正確には孤児ではなく、突然、神樹の根元に現れるのだ。

巫女はみな、木の又から産まれる……神殿ではもっと気取った言い方をするが。


しかし、何にせよ、これは秘匿されるべき事柄だった。

特に今回のような場合は、何がなんでも言うべきではない。


「我々の上に立ち、指示する者の正体が孤児だと知ったときの私の衝撃を想像してほしい」


憐れみを誘う声で語り、そして、強い眼差しで場を席巻する。

エルメスは違うことなき皇子だった。


みな、息を詰めて事の成り行きを見守っている。


「この国は貴族制をもって束ねている…孤児が偽りの身分からでしゃばるのを許していいのか!?」


皇太子の声に場がざわめき始めた。


「殿下の仰る通りです! 皆さんはプラチナ様に騙されているのです!」


それまで黙って聞いていたルイス皇太子妃が言葉に力を込めて訴えた。


その言葉を聞いた途端、それまで困ったように顔を見合せるだけだった周囲が目の色を変え始めた。


「…そうだ、孤児が巫女なんて…おかしい」


「この国を牛耳るのが…孤児だなんて…」


明らかに様子がおかしい。

そこに、エルメスが懐から一枚の羊皮紙を取り出して皆に見せつけた。


「これを見ろ!」


そこには「神を冒涜する神樹の巫女姫を討伐する」旨が書かれた文面にエルメスがサインしているものだった。

その下にはそうそうたる面子のサインと印章が押されている。


宰相、騎士隊長、魔術師長、この3名がエルメスを囲むようにサインし、その回りを何重にも重鎮達が固めている。


「ば、ばかな…」


喘ぐように口を開閉するだけで、精一杯だった。


エルメスとルイスがプラチナを見下ろす。


「逆賊を捕らえよ!」


エルメスの号令で雪崩れをうつように武装した騎士達が入ってきて、あっという間にプラチナは捕まえられた。


「離塔へ連れていけ」

「エルメス殿下! これは…どういうこと…」


叫ぶ声に一切耳を貸さず、エルメスは片手を五月蝿そうに軽く振る。

隣でルイスが「その女は偉大なる神樹を枯らすつもりなのよ!」と力を込めて囁いていた。


その女の唇から力が迸る。

じわり、じわりと滲む言葉に力が乗り、聞く者は全く疑う様子はない。


暗闇の力を言葉にして、人の心を操っている。


そのままルイスは目を細めてエルメスに囁きかけた。


「だって、私こそが、真の巫女姫なのだから」


次の瞬間、意思の弱い者がその場に膝を折った。

次々とルイスに平伏していく。


騎士に捕らえられたプラチナと平伏されるルイス嬢。どちらが正しいかではない、どちらが強いかが問題だ。


もう、誰もが正しく思考する力を失っている。


ルイスはプラチナの前に立つと、騎士に頭を抑えさせる。そのまま床に押し付けさせた。


「あなたには、これから楽しい日々が待っているわよ」


うっふふふ……あーはっはっは!と狂気の滲んだ哄笑が聞こえた。


身体を自身で掻き抱くようにして、ぼろぼろになったプラチナを見下ろしながら高笑いをする。


顔は紅潮し、たまらないエクスタシーに耐えきれず目がとろけている。


「その顔……アレよりいいわあ…ゾクゾクしちゃう。素敵よ、プラチナさま…」


プラチナがあまりの不愉快さに眉をきゅっと寄せると、ルイスがまた興奮した。

頬に手のひらを添えると「いいわ…いいわ……ふふ…最高よ」とのたまう。


「連れていきなさい」


一変、冷ややかな声で命じると、両腕を騎士に左右から引かれてつれさられた。










あとがき

根回しが書けなかったです

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