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34 王都ツアー4



しばらく歩いてると、背後でぽつりと「ずるい」と呟く声が聞こえた。


敢えて無視すると、今度ははっきり「エリックさんはずるい!」と言った。


半ば子どもの癇癪に近い感情の発露に振り返れば、プラチナは紫色の目を怒りに染めて自分を睨んでいた。


「エリックさんは、いつもいつもいつも…私を助けてくれるくせに、私がエリックさんに手を伸ばすことすら許してくれないんですね! とても、ずるいです!」


「………」


涙を浮かべて俺をずるいと詰るプラチナに、何て言っていいか分からなくてため息を吐いた。

すると、浮かべるだけだった涙はやがてぽろぽろと頬を転げ落ちる。

道行く人の群れがすれ違うたびにこちらへ好奇の眼差しを向けてきてうざったい。


「……こっちだ」


プラチナの手を引いて路地裏に連れ込む。

子ども特有の高い体温が手のひらから伝わって、自分はこんな子どもを泣かせたのかと舌打ちしたくなる。


ほぼ大股で歩く俺についてこれないプラチナは途中でつまずきそうになりながら一生懸命足を動かしていた。


いくつかの家の角と壁を通り過ぎるたびに路地はみすぼらしく汚くなっていく。

散乱したごみ溜めの中で浮浪者が酒瓶片手に仰向けで横たわり、茶色の布きれの下にある垢だらけの腹をぼりぼりと掻いていた。

酒を一口、グビッと呑むと誰はばかることなく盛大なげっぷをする。


ここは相変わらずだな、とエリックは思った。

人間はここまで堕ちることが出来る、ということを見せつけてくるようなクズとゴミの溜まり場。

かつての自分の古巣だった。


さしものプラチナも、気丈に振る舞っているが、顔は青ざめ、身体は小さく震えている。


だが、それも無理はない。

ここは、存在の墓場みたいな場所なのだから。


プラチナを連れて、もっともっと奥にいく。


「……え?」


やがて、目の前に現れた建造物を前にして、唖然とした声で呟く。目の前には荘厳そのもののどっしりとしたレンガづくりの教会が建っていた。


敷地内は特に何かで囲われているわけではないのに一人の浮浪者も入りこんでいないようだった。


教会に入って一番目につく場所に「神樹の巫女姫様生誕記念建て替えの碑」と石碑が建っている。


庭にはとりどりの花が咲き、背が低かったり高かったりする木が何本か生えていた。

その景色は、聖典に記される神樹の庭の記述そのものだった。


「こんな…なんで…」


プラチナは呆気に取られたまま建物内部に足を踏み入れる。

当然そこも、祈りの空間としての美しさを誇っていた。

高価な木材、高価なガラス、金、銀、螺鈿を散りばめた壮麗な扉と柱の数々……。天井を仰ぎ見ると、フレスコ画が広がっていた。


聖典に沿ったストーリーが美しい数々の芸術に、しかしプラチナは眉を寄せたままだ。


一転、高くそびえる壁に嵌め込まれた窓に視線を向ければ、そこには贅沢にステンドグラスが使われ、祈りの場をより美しく、神聖なものへと高めていた。


名工の作と思われる白金で出来た天井まである神樹の像はまるで夢のように美しかった。


荘厳に彩づく祈りと修行の空間を見て、プラチナは少しも感動出来なかった。


人一人いない神の膝元の、なんと寒々しいことか。


「巫女姫様生誕に伴って、国は大々的に国内の教会全てを対象に建て替え、改修、増築を行った。それまで見向きもされなかったスラムの荒れ果てた教会は、今や神樹の膝元に相応しい神の座す祈りの場だ」


そこまで言ってエリックは神樹の像を見る。


「改修が始まってまず最初にやったことはゴミ掃除だった。当時、俺は9、あいつは8才だった。」


住み処を追われた俺たちは新しい廃屋を探したがなかなか見つからず、路上暮らしを余儀なくされた。


「建て替えられていく現場を遠目から見て、あのときはつくづく金のない暮らしが嫌になったもんだ」


路上暮らしは危険が伴う。

ここら辺を歩く連中に、100%まともな奴はいないからだ。

雨と風をしのげないという点も地味に大きい。


「何とかその日その日をかっぱらいで食い繋いでいったが、ある時捕まってな」


何日も食べられなくて、走る体力さえ残っていなかった自分たちを捕まえるのは衛兵には造作もないことだった。


「俺たちは危うく縛り首になる運命だったが、一人の男の一言で助かったのさ」


あのときの、彼の言葉は忘れられない。


多分、これから先も忘れられないだろう。


「神樹の巫女姫様が生誕されたこのよき年に、幼子の血で穢してはならない。赦免すべきである、偉大なる巫女と恵みもたらす神樹にかけて…だと」


そう語るエリックの横顔は淡々としていて、目は神樹の像を見据えていた。

プラチナは、思わず彼の袖を掴んだ。

そして、聞きたくて聞きたくない言葉を口にする。


「エリックさんは、私が…憎いですか」


何てことを言うんだろう、と言ってからすぐに後悔した。


人の人生に、運命に、自分は…自分は。


何も出来ない自分は…。


エリックがその言葉に振り返る。若草色の瞳が静かに自分を見つめていた。


「自分が世界で一番不幸だと思い込むのも、それを誰かのせいにするのも、つまらんことだ」


祈りの場を穢す浮浪児と呼ばれて、住み処を追われた。

神樹の恵み、と言われて自分は生かされた。


神樹は常にそこに在って、在り続けるもの。

どちらも、人間のしたことだ。


「…戻るか」

「はい」


エリックの後ろをついていくプラチナの頭に飾られたバレッタが、きらりと光った。
















あとがき

ストックがなくなってしまいました。書いたらアップしたい欲に負けてしまった…。








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