33 王都ツアー 3
「今のが創生から生きる太古のエルフの一人、星屑のルディンだ」
店を出た途端、ばらすエリックさんに「いいんですか?」と確認してしまった。
多分それ、秘密なんだと思う…と。
しかしエリックは肩をすくめると 「別にあのじいさん、隠すつもりはないらしいからな」と返事した。
「え?」と驚いて目を見開くプラチナにエリックは肩をすくめた姿勢のまま「会うたび姿が違うんだよ」と言った。
呆れの混じった様子で本屋の扉をちらりと見ると樫の木で出来た金の取っ手つきで、金のプレートに黒字で「星明かり」と書かれてあった。
壁に同化したような外装の上にはよく見れば本の意匠を施した看板が揺れていた。
さて、次はどこに行こうか。
年頃の女の子を連れていってやれそうな場所など思い付かない。
う~ん、と唸ったあと、突如閃いた店は自分にしては気が利いていると思う。
一端、表通りへ戻り、そのまままっすぐ南へ行く。そして一軒の小さな店に到着した。
レンガづくりの壁にかかった看板が風に煽られて音を立てる。扉には神樹のモチーフを象ったベルがかかっていて、開けた途端にちりちりと鳴った。
「いらっしゃいませー!」
売り子の元気な声が店に響き、こちらに視線を向けてくる。
黒いショートの髪は毛先がくるんくるんに丸まっていて、豹のような丸い耳が頭に二つ生えている。
腰から黒い尻尾がするんと伸びて、先っちょはしなやかな鞭のようだった。
店の中は明るく、小さな小物が並んでいる。主に、女性客が店内の8割を占めているが、それでも少数の男性が居るにはいた。
貴重なガラスを使った細工や木掘りの小物、ビーズや布を使った髪飾りも豊富で、簪、バレッタ、カチューシャ、リボン、ヘアピンなど多種多様だ。
もちろん、男性が使える革製品なども置いてあり、ペン、ペンケース、手帳などが並んでいる。
要するにここは雑貨屋であり、女性が目を輝かせて喜ぶ類いの店…だとエリックは考えていた。
「わあ、いろんなものがありますね」
これ可愛い、あれ欲しい、と小物を手に取っては置いていく。
楽しんでいるのを確認すると、エリックも商品を見る。
だが、実用に耐えうるものはなかった。
しかし、ほぼ女性客な店内に自分がいる違和感がかなりきつい。周りの女性が目を輝かせてキャアキャアと品物を見ている中の…自分だ。
時々見かける男にしたって、線の細い優男ばかりで、どう見ても自分のような冒険者が出入りするような店ではなかった。
あまりの居心地の悪さに、そろそろ出るぞと声をかけようとしていたら、プラチナがこちらに小走りで駆け寄ってきた。
散々あれが可愛いだの何だのと言っていたが決めたのだろう、細かい細工の施されたバレッタを持ってにこにこしていた。
手の中にあるのは、銀色の台座に神樹を模した金のモチーフがついている繊細で可愛いデザインだった。
「へへ…どうですか?」
照れくさそうに笑いながら頭につけて自分の前でくるりと一回転した。
「ああ、なかなかいいな。似合ってるぞ」
可愛い弟子の飾った姿にエリックも軽く頷きながら笑む。
すると、今までちょっともじもじしていた様子だったプラチナが一転、パアァァッと表情を明るくし、満面の笑みを浮かべた。
「わたし、レジに並んで来ますねっ!」
そう言うと、レジの最後尾に並んで、その間中ずっと手の中の髪止めを見ていた。
順番が来ると髪飾りをレジに出してお会計だ。
エリックはプラチナが会計をする様子をじっと見つめていた。
今まで教えてきた金のこと、お釣りや相場で出す金額、など心配は山ほどある。
銅貨で買える品物には出して精々豆銀貨だ。そこに金貨なんぞ出すもんじゃない。
じっと見守っているとその視線に気付いたのかプラチナが「こくり」と頷いた。
だが、よく考えたら焼き串を買っていたんだったか…と思いだす。露店も普通の店もやることは同じだ。あまり心配はしなくてもいいのかもしれない。
見事に会計を済ませたプラチナは、エリックのもとへと戻ってきた。その顔はどこか誇らしげだ。
初日にパンを買うことすら出来なかった娘だと思うと、しみじみと胸に来るものがある。
二人で通りを歩く。
頭には今さっき買ったばかりのバレッタが止められている。これを明日一日つけていれば、自分はこの時間を学院に持っていけるような気がしていた。
この楽しい時間が終わることを考えるのはとても嫌だけど、人生ってそんなものだ。
楽しいだけの時間がずっと続くなんてありえないということをプラチナはよく知っていた。
大通りを一緒にてくてく歩いて、今度はどこに連れていってもらえるのだろう…と思う。
でも、もしも、頷いて貰えるなら、プラチナには行きたい場所があった。
「…エリックさん、私は行きたい場所があるんです」
そう告げてくるプラチナは少し迷いを見せるが、それでもエリックを見上げた。
エリックが無言で促す。
「エリックさんの根城だった教会に案内してもらっていいですか」
いかにも考えつきそうな言葉を口にするプラチナにエリックは肩をすくめた。
彼女はこんな、決心してまで言う言葉じゃないと思う。
「お前が見て、どうするんだ?」
エリックの拒絶とも取れる言葉に、きゅっと眉を寄せる。
別にわかっている。プラチナにどうにかしたい何かなんてないことくらい。
何故なら、どうにかしたかったのは常にエリックで、エリックの経験で、全部が全部プラチナにとっては単なるフィクションでしかない。
事実が事実になるのは、経験した者だけだ。
話を聞いて、共感して、共有したい…。
そんなあったかい何かに突き動かされているプラチナに、どうにかしたい何かなんてあるはずがない。
全部わかっていて聞く俺は卑怯だと思う。
弟子の純粋な情…たぶん親愛の情ってやつを受け入れてやれない。
「なあプラチナ、王都には旨いものも、楽しいものも、まだまだ沢山ある。俺が連れていってやろう」
「……」
卑怯な俺の言葉にプラチナは何も返事をしない。
歩き出した俺の後ろを黙ってついてきた。




