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32 王都ツアー2

さて次はどうするか…見せておきたい物は山ほどある…。


通りを一つ外れたら、表の喧騒は一気になりをひそめる。


気配なく現れた子連れの猫が横を通っていった。

尻尾を左右に振りながら親猫が威風堂々と前を行く。その後ろをちょこまかと、しかしやはり堂々たる姿で着いていく子猫。


まだまだ真似をしているだけのようにも見えるが、やがては堂に入った姿に成長するであろうことが予感できる。


そうなると、今は可愛いばかりの子猫もふてぶてしく、たくましい野生の野良猫になっていくのだろうと思って微笑ましかった。


何か貰えるかと期待混じりの眼差しを向けてくる子猫をたしなめるように母猫が「にゃー」と鳴く。

子猫が「にゃう」と鳴いて母親に顔を擦り付けると、お返しと言わんばかりに頭を舐めた。


そんな猫の親子を見送って、路地の壁に同化したような店の扉を開ける。

カラン…と小さな鐘の音が響きわたり、一歩踏み入れた店内は静かに時を刻んでいるようだった。


少しほこりっぽい店の中には山と積まれた本、本、本だ。


どうやったら落ちないでいられるのか不思議なほど斜めに積み上がったものやら、ガラスのケースに入った金文字のものやらが並んでいる。


金文字の本のページは半分が白紙になっていて、チロチロと燃える火が文字を新たに綴っていた。


壁一面を本で埋めつくし、そんな壁が部屋の中にいくつもある。天井までぎゅうぎゅうに詰め込まれた本はどんなジャンルも揃っていそうだった。


「いらっしゃい」


店の奥にある壁と同色の木材で出来たカウンターに、これまた茶色の生き物が収まっている。

もぐらの姿をしたその生き物は長めの鼻の先にちょこんと丸い眼鏡を乗っけていた。


長い爪を器用に操り、分厚い本の薄いページを一枚めくった。紙が擦れ合うかさかさした音が静かな店内に響く。


「何だ、エリック坊じゃないか。今日はどうしたんだね?」


眼鏡の奥からきらりと目を光らせると、もぐらはおや?と視線をプラチナに向ける。眉を軽く上げると「例の弟子か」と頷いた。


既に知れ渡っているが意にも介さずエリックは軽く頷くにとどめる。


「こいつに何かいいものはないかと思ってな」


ぽん、と頭に手を置くともぐらの店主とアイコンタクトを交わした。

店主はよっこいしょ、とカウンターから降りると頭のてっぺんから足の先までじろりと見回す。


鼻に引っ掛けた丸い眼鏡を長い爪でちょっと押し上げると「ふうむ…」と唸った。


おもむろに背を向けて歩きだすと奥から3つ目の棚をごそごそと探り始める。

やがて埃にまみれて薄灰色になったもぐらが片手に一冊の分厚い本を持って戻ってきた。


「嬢ちゃんには…ほれ、これなんかいいじゃろう」


そう言われて渡された本は赤い布張りの装丁が美しい物語だった。

エリックがプラチナの肩越しに覗きこむ。


そこには「世界のお伽噺全話」と書いてあった。ぱらぱらと中をめくってみると、美しく繊細なタッチで描かれた挿し絵が読み手の心を掻き立ててくる。


ドラゴン退治をする勇者の話しが載っているかと思えば、別のページでは龍を神として奉る地域の話が載っていた。

神樹に祈りを捧げる巫女の話が書いてあったり、はたまた王妃として内政に力を入れた話しであったり…。


「これはのう、世界中から集められたお伽噺じゃ。読みたい物語がその都度現れるという代物よ」


最初はオーソドックスな各地域の伝記のようなものがつづられているが、次第にその内容は変化し、読み手が求めた物語が記された本となるらしい。

その時々で読み手の嗜好によって内容が変わるため、タイトルのつけようがないのだと言った。


「あるとき、東の果ての野蛮族がこれを手にした時は略奪と殺戮に満ちた話ばかりとなった。またあるときは深窓の令嬢に渡り、美しい恋物語が綴られた小説となった。騎士の手に渡れば姫君を命がけで護り通す話で溢れ……さて、あんたの中の物語は何かのう?」


もぐらの店主がにこにこと笑いながら手渡される本は正直に言って興味が湧いた。しかし、同時に気味が悪いと思う。


「それじゃまるで、本が考えてるみたい」

「しかり!それじゃよ。つまりこの本は考える本なのじゃ。遥か昔のエルフの遺産と言われておる」


自分のような駆け出しに手が出せる代物でもなさそうだった。きっとびっくりするほど値が張るに違いない。


「やっぱり私、いらないです。だって高いでしょ?」

もぐらの店主はその言葉を待ってましたとばかりに前にぐいっとのめった。


「今ならタダじゃ。た、だ、し! 最後は必ずわしの手に戻るまじないをかけるがの」


そして、それこそが代金なのだと言った。


プラチナは目の前に立つもぐらの店主の丸い眼鏡の奥にある知性を帯びた目が薄い金色をしているのに、たった今気付いた。

そしてそこに、くずダイヤを散らしたようなきらきらとした星明かりの煌めきが瞬いているのを見て…何となく正体を察する。


「………エルフは、寿命が長いですもんね。娯楽がないと、つまらないですよね……」


「さてさて、何のことやら。とにかくこの本をお前さんに渡そう。たくさんの物語を集めるのじゃよ」


ほくほくと渡された本を手に呆れるプラチナをエリックは外へと連れ出した。








あとがき

1日に1話更新できる方って、凄かったんだと今ごろ気がつきました。他の方の作品を読んでる時は知らなかったです。

何よりその体力が凄いと思います。

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