31 王都ツアー
ギルドの入り口をくぐると、エリックに背を押される。クエスト依頼を手に、カウンターのエルフに指定の薬草とポーションを渡すために近づいた。
エルフのお姉さんは、長い金の髪を後ろで緩く一つに縛り、顔の周りを後れ毛が数本縁取っている。
きりりと細められた鮮やかな緑の瞳はプラチナに、雨の時期に盛りを迎える濡れそぼったアジサイの葉を連想させた。
細身でありながら豊満な胸、そこを敢えて強調しなくても全体で魅せてくるバランス。
プラチナはどきどきしながら「すいません」と声をかける。お姉さんは「はい」と返事してこちらを見て、目を細めた。
「あら、エリックのとこのお嬢様じゃない。もしかして、依頼が達成したのかしら?」
「は、はい。薬草とポーションを…」
緊張で口が乾くのを無視する。ポーチからがさがさと薬草とポーションを取り出し、カウンターの上に置いた。
お姉さんはそれを日に透かしてじっくり検分すると、品物を一旦カウンターに置いてプラチナを見つめる。
にっこり笑って「素晴らしいです」と誉めてくれた。
嬉しさがこみ上げるまま、思わずエリックを振り返ってにこッと笑う。すると、力強く頷いてくれた。
「こちら、報酬の豆金貨1枚と銀貨5枚です」
手渡された硬質な感触に口元が綻んだ。私が稼いだ、私のお金だ。
ぎゅう…と胸におし抱く。ウキウキしながらこれから買うものを思い描いた。
「エリックさん、私、お金を貰いました!」
もう、嬉しくて嬉しくて、パッと振り返って満面の笑みを浮かべる。
いつものプラチナなら、ありがとうございますから始まって、分け前は~と続きそうなものだが、誰しも初報酬などこんなものだ。
かく言うエリックも、自分が初めてギルドを通した仕事を成功させた時は、今までちょっと高くて手が出なかった食い物に全額消えたものだった。
「何か欲しいものはあるか?」
「今日は1日、王都の観光がしたいです!」
王都は首都なだけあって桁外れな人口密度と物流を誇る、いわば国の心臓だ。
多くが入り、多くが出ていく。
そしてそれが金を生み出し、人をより一層呼び寄せる。
人が集まればそこには、商売が集まるのも道理だ。
故に王都は一流から三流まで探せば何でも揃う場所だった。今日も地方から王都見物に訪れた者、一攫千金を狙って上京してくる者、目当てのものを探す者など後を絶たない。
…もちろん、去る者も。
それはいい意味でも、悪い意味でも、だった。
「王都見物ねえ…よし、じゃあ俺が案内してやろう」
かくして、エリックによる王都ツアーが始まった。
とは言え、まずは手近なところから、だ。
エリックはカウンターの隅に場所を移すと、ギルド内をぐるりと見回した。
「今までしゃべっていたのがエルフ族。彼らは長寿で人間の10倍は軽く生きる。太古の神々が落とした命の雫が人の姿を取ったものをその起源に持つ。草木の知識に長けており、一説には会話も出来るとか。主に葉の国にあるヴィヴェーカ大森林にある隠れ里に住んでいる」
プラチナは頷きながらメモを取る。ちなみにメモ帳とペンは作業台のものを使っていた。たとえ備品でも思っただけで手に入るなんて、万歳!だ。
エリックは書き終わるのを待って、今度は獣人を見た。そして「彼らは獣人と呼ばれている。その特徴は一見すると頭についた獣耳と尻尾に思われがちだが、本当はそれぞれの獣に備わった固有の能力を有しているところに最大の特徴を持つ」と説明した。
まだまだギルド内には多種多様な生き物がいて、このままでは軽く数時間はギルドにいることになりそうだと察したプラチナは、「わ、わかりました。だから一度出ましょう!」と声をかける。
種族のことやその特徴について知るのは楽しい。
でも…でも!
もうちょっと外に出たいと思う自分は我が儘じゃないと思う…たぶん。
プラチナにしては珍しくエリックの腕を取るとギルドの外に連れ出した。
外に一歩出ると柔らかな日差しがプラチナに差し掛かり、思わず目を細めた。
この青空が夜になると星々が彩る黒一色に染まるなど、今は到底考えられない。
夜に昼間の空を想像できないようなものだった。
空は微かに薄曇りで、その向こうから太陽がきんきんと燃えていた。
春の空らしい柔らかな風が時おり吹き抜け、どこからかうっとりするような花の香りを運んできた。
通りを駆けてゆく子どもたちの笑い声や困ったような声が混じりあい、露店に客を呼び込もうと張り上げる売り子の声が王都の街を一層活気づかせている。
ほわ…と鼻をくすぐるいい香りにプラチナは、ついふらふらと引き寄せられるようにして歩き出した。
そこにはやはり露店が出ており、大きく「焼き串」と書いてあった。
「エリックさん、これ! これが食べたいです!」
目をきらきらさせて訴えてくるプラチナに「好きにしろ」とそっけなく返事をする。
露店に駆けて行って焼き串を注文する姿を少し離れた場所から見ていると、そこら辺にいる少女と何ら変わらないように見えた。
エリックはぼんやりと、金を使う楽しみを覚えるのはいいことだ、と思う。
金はただの金だが、使ってこそ意味も価値もある。
働くことの喜びに直結している楽しみだ。
金を使っても何も楽しくないと感じるようになったら、働くことも苦になってしまうだろう。
こういう息抜きもたまには必要なのだ。
プラチナがにこにこしながら焼き串を両手に1本づつ持って戻ってくる。
大きい方の串をこちらに手渡して、小さめの肉にかじりついていた。
はむっ…と串の肉を口に入れた途端、プラチナの顔がだらしなく緩む。甘辛く味付けされた照りを放つ茶色のたれが唇の端にくっついていた。
それをもぐもぐと咀嚼する合間にちろりと舌先で舐め取る。
喉が嚥下で上下すると、続けざまにもう一口かじりついた。
「旨いか」
「はいっ」
もぐもぐと無心に咀嚼し続けるプラチナにエリックも串にかじりついた。
食べ慣れた鳥串の味は旨いと言えば旨いが特別なものはなにもない。
こんなものが旨いのか、と実は内心驚いていた。
エリックは次に案内するならどこがいいだろうと考える。
これが同性なら武器屋に行って、バーにでも行けば十分なのだが、相手は女の子で、自分の弟子だ。
しかし今日は休みの最終日だ。明日にはまた学院に戻らなければならない。
迷っている暇はあまりなかった。
プラチナを連れての散策となると、自分が普段行くような場所ではまずいだろう。
こんなことを考えるのは初めてで、エリックは頭をかいて目線を遠くへと向けた。
あとがき
冒険しないし、話しは動かないし、日常回って面白いのかな?と疑問に思いましたが、思いついたので書いてみました。
それに、よく考えてみたら普段から日常回みたいなものだと思いました。
何か、冒険してるみたいに書いてすいません。




