30 薬草完成
翌朝、プラチナは伸びを一つするともぞもぞと寝袋から這い出た。
ここ何年も経験していない清々しい目覚めだ。
寝間着を脱いで制服に着替え、装備を身につけてテントの外に出ていった。
すっかり朝日は昇っていて、チチチと囀ずる鳥の声が後ろの木から聞こえてくる。
テントからほど近い場所をチロチロと流れる小川には小魚が群をなして泳いでいた。
流れに足を滑らないように注意して近づく。
透きとおった透明な水は川底まで見えて、誘われるように指先を浸すとひんやり冷たい。
手のひらにすくって口に含むとほのかに甘い染み渡る冷たさが今度は身体中に広がるようだった。
小川のせせらぎで顔を洗ってさっぱりしゃっきりすると、少し離れた場所にエリックを見つけた。
その上半身は裸で、下履きだけを履いている。
鍛え抜かれた筋肉には無駄な部分は全くないとプラチナに伝えているようだった。
ピリピリと気迫に満ちた姿にプラチナはゾクッとする。
ただ、剣を構えて立っているだけのように見えるのに、この息を呑むような、肌が粟立つような感覚は何だろう…と思わず喉を鳴らした。
固唾をのんで見守っていたその時、エリックが突如激しく動き出す。
誰もいない空間に向かって「やぁっ!」と掛け声を挙げて振り下ろした。
構えをとかず再び上段に構える。
右上から左下に、そのまま掬い上げるように手首を返して横凪ぎに振った。
下から突きを数回繰り出し、身体を半身ずらして避ける仕草をした後「でやあぁぁ!」と叫んでくるっと回転しながら切り下ろす。
プラチナは息も吐かせぬ攻防に動けないでいた。
そう、目の前に相手が居なくても「攻防」に見えていた。
「…すごい」
ぽつりと呟く声にエリックが振り返る。
熱が蒸気を生み出し湯気を上げる身体は無骨ながらに引き締まり、汗が滴り落ちるたびに朝日を浴びてキラキラしているようにプラチナには見えた。
「おう、起きたか。それはそうと、薬草はどうなった?」
「薬草?」と首を傾げると、エリックが「とりあえず持ってこい」と言った。
言われた通りテントの中からネットごと持ってくると、何か変わったことがあるのかと一枚取り出してみた。
「あっ」とプラチナが声を上げる。
エリックもネットの中から一枚取り出し、じっくりと見つめて口元をニヤリと笑みの形に歪めた。
「成功だ」
見ればそこにある葉は乾燥してなおみずみずしい緑を保ち、葉を彩るように走る葉脈には虹色の結晶が砂絵のように走っていた。
一枚一枚が同じように彩られ、まるで虹色の砂糖菓子のように見える。
「これが薬草の熟成された姿だ。綺麗だろう?」
「はい、きれいです」
あとはこれを布の袋に入れて完成だった。
「よし、朝メシにしよう」
その言葉に顔を輝かせたプラチナは急いでカップを取りにテントへと走っていった。
昨日と同じ手順でポーションを作り、足りなくなれば薬草を摘む。
その間に低級とは言え、モンスターを退治して…あっと言うまに毎日が過ぎていった。
プラチナが薬草採集に精を出していたその頃、王宮では賑々しく盛大なパーティーが開かれていた。
広さは奇しくもプラチナが薬草を摘んでいる平原の中にある群生地ほど。
草の代わりに大理石の床が広がり、大人が腕を回しても余る太さの柱 は上がやや細く真ん中は丸みを帯びて太くなり、また下に行くにつれ細くなる。
柱と柱の間には深紅のカーテンがかかるようだが今はまとめられていた。
奥へ視線を向けると一段高いステージがあり、そこには4つの椅子が用意されている。
今はそのホールに我が国の貴族が集まって、今日の主役たちの登場を今か今かと待ちわびていた。
登場までの短い間、ざわざわと噂が飛び交っている。
「今日はいよいよ殿下の婚約発表らしいですな」
「ええ、おめでたいこと」
「それでお相手の方は…」
ひそひそ、ざわざわとあちこちで似たような会話が聞こえる中、一際高いトランペットの音が響き渡った。
今まで噂をしていたのが噂のようにピタリと声が止み、静まり返る。
ステージ脇から4人が出てきた。
陛下、王妃、皇太子、そして皇太子妃。
本来ならばそこにはプラチナがいるはずだが、いたのはルイス・ガルシア男爵令嬢だった。
しかし、貴族たちは顔色一つ変えずに頭をさげる。ご婦人方の美しいカーテンシーは、ホールを衣擦れのさらさらという音で満たした。
「みな、よく集まってくれた。既に息子の婚約のについては周知のことと思うがここで正式に発表をする」
皇太子とルイス・ガルシアが並んで立ち、貴族たちは慎ましやかに拍手をする。
ここに、正式にルイス・ガルシア皇太子妃が誕生した。
神殿の奥深く、白金に輝きそびえ立つ神樹の葉がはらりと一枚落ちた。
あとがき
そろそろ街に戻るのもいいかなと思います。




