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27 過去①

言われた通りに残りのポーションを試験管に詰め、フラスコを洗う。

入れた薬草はかけらも残らず、ポーションに溶けたのだとわかった。


日が落ちるまでまだ数時間はある。

スライム相手に戦った後だが身体はまだまだ大丈夫だ。


プラチナは木の下で本日のノルマである筋トレを始めた。

最初は5回の腕立て伏せで潰れていたのに今日は最初から8回も連続で出来る。少ないかもしれないが、自分としては快挙だ。


休み休み腕立て伏せ、腹筋、スクワットと続ける。

途中でエリックに「そんな負荷ではきれいな筋肉はつかんぞ!」とどやされたが、その度に丁寧に指導もしてくれた。



エリックさんが自分と同じトレーニングを隣で始める。それを見たプラチナは一つ一つの動きの違いに気づいた。


自分のトレーニングは、ただ回数をこなしているだけで負荷をかけることが圧倒的に足りていないのだ。


「もう一度やります!」


苦しいことや辛いことから逃げたくなくてプラチナは叫んだ。


「ダメだ、一度休め」


既に1セット終了しているのにそれ以上の負荷は身体にとって良くない。

そう判断したエリックの厳しい一言にプラチナは悔しそうに眉を寄せると「はい」と答えた。


「…早くエリックさんみたいになりたいです」


すねるように呟くプラチナにエリックは苦笑いを浮かべる。くっく…と笑う姿に眉を寄せると「何が面白いんですか!?」と食ってかかった。


それに対し「いや、すまん」と返事をしながら「俺にも、お前みたいに思ったことがあったさ」と続けた。


「エリックさんにも?」


プラチナはエリックの未熟な頃など微塵も想像できなくて驚いた。


「そりゃそうさ。誰にだってある」


ふとエリックが遠くを見るような目をすると、筋トレをやめた。気が変わったのだろう。


「俺も一緒に休憩にする。茶を淹れよう」


もう半分以上乾いてきている薬草を2枚取ると、枝にぶら下げたままのカップを手にプラチナの隣に座った。


「ほら、熱いぞ」


薬草茶を煎れて手渡す。エリックは自分も一口飲んで喉を湿らせた。


「あれは俺がまだ5つの頃だった…」


そんな言葉を皮切りにエリックの昔話が始まった。













ひたすらに降り続ける雨は確実に人の体力を奪っていく。

路地裏でどろどろの布きれをかぶって薄汚れた子どもは酒場の裏のゴミ箱を漁っていた。

雨が降っているから、急いで帰りたかったが今日は何の収穫もなかった。


「くっそ…あるのは魚の骨くらいかよ」


赤い髪をがしがしとかきむしると少年は「しけてやがるぜ!」と言いながら腹立ち紛れにゴミ箱を蹴り飛ばした。

しかし、がしゃーん、と想像以上に大きな音が響いて青くなる。


すぐに店から男たちがすっ飛んできて、少年の姿とぶちまけられて横倒しになったゴミ箱を見て目を吊り上げた。


「おいコラ!このクソガキが!ウチの店で何やってやがる?」と言いながら大股でこちらに近づいてくる。

しかし、少年はちょろちょろと小回りのきく小さな体格を生かして男たちから逃げ回った。


「へっ!てめえらなんかに捕まるかよ!」と吐き捨てると、一目散に逃げ出す。


雨の中を駆け抜け、追っ手を振り払うためにわざとジグザグに走り続けると、もう限界だとばかりにグ~と腹が鳴った。

朝から何も食ってない身体は空腹を自覚すると、途端に動きが鈍くなる。


そのままどこかで飯を調達しようと思い直し、狭い路地裏を右に左に抜けながら大通りに出た。


通りを歩く人の群れは今日もすごい。ひしめき合った人の波に合わせて、傘、傘、傘だ。

赤、青、黄色、緑に黒…腹が一杯だったら屋根にでも登って見下ろせば、さぞ見ものだろうと思った。


そんなとりとめのない想像にほんの少し愉快な気分に浸っていたが、すぐに自分の置かれたご身分ってやつを自覚する。


通り行く人々からゴミを見るような目で自分が見られている。


まるでその目は、お前みたいな浮浪児がこんな通りに何の用だと言っているみたいだった。


「くそっ…」俺にも金があれば、自分を見下してる奴らみたいにコートを着て、傘をさして道を歩けるのに…。


わかっている、これは無い物ねだりだと言うことくらい。


頭を振って怒りをやりきれなさをとりあえず追い出して、メシのことを考えた。


靴もはかずに濡れた石畳を歩く。自分の背丈は人の膝より少し高い程度だ。


獲物を見定めてそっと足を進める。

傘を気にして歩く人混みに紛れて、ぬっと腕を伸ばすと艶々と輝くリンゴを5つ服の中に隠す。


あとは一目散ににげたした。


露店の主がテントの屋根に貯まった雨水を下から突ついて落としている。


ふり返るころには少年の姿はそこにはなかった。



再びジグザグに走り、いつも自分達が根城にしている朽ちた教会にたどり着く。

雨漏りもすきま風もひどいおんぼろだけど、寝られる。


それだけで彼…彼らにとっては恩の字だった。


神樹にカンシャって奴だぜ、とエリックは苦笑いを浮かべると、かっぱらってきたリンゴをちらりと見た。


「ただいま」

「おかえりなさい、エリックにいちゃん」


あっと言う間にちびが駆け寄ってくる。


「今日はリンゴを持って帰ったぞ」

エリックが声をかけると笑顔を見せてきた。


「リンゴ! わぁー、リンゴ大好き!」


ぼさぼさに伸びた黒髪の中から覗く昼間の空のような青の瞳が嬉しそうに細められた。



エリックはこの王都の路地裏に気がつけばいた。


その前のことは覚えていないし、親の顔も当然覚えてない。ここいら辺の連中はガキも大人も似たようなものだ。


自分の根城にしていた教会にいつの間にか許可もなく住み着いたちびは俺を「エリックにいちゃん」と呼び、何をするにもついて回った。


最初は追い出してやろうと思ったが、今日やろう、明日やろう、と思っているうちにすっかり馴染んでしまったのだ……自分が。


「今日はどんなマヌケがぼんやり突っ立ってたのさ」


にししっと笑ってちび、サムがいたずらめいた悪ガキの目を向けてきた。幼くても既に一人前のくそガキだ。


「あん? ああ…今日は雨だろ? 露店を出してる連中のテントに水が溜まるのさ。それを落とすのに夢中になっている間に…1つ2つな」


さっと手を懐に入れる仕草をするとサムがクスクス笑う。

俺もリンゴが手に入って上機嫌だ。


二人で1個ずつ大切に、大切に食べる。


世の中には皮だのヘタだの芯だのを残したり捨てたりする奴がいるらしい。

全く、信じられないほどの不平等だぜ…とごちてぼろぼろになった祭壇と傾いた神樹のレリーフをちろり、と見上げた。











「とまあ、俺は弟分と一緒にスラムの崩れかけた教会に住んでたわけだ」


エリックが懐かしそうに言うと、立ち上がった。


「もう終わりですか?まだ途中ですよ!」と唇を尖らせて文句を言うプラチナに「今日はここまでだ」と返す。


「今日はここに泊まる。準備がいろいろあるんだからな」


言いながら自分の鞄をがさがさと漁るエリックにプラチナは「は~い…」と不満げな声を出した。


エリックは弟子の「もっと聞きたかったな…」と呟く声に苦笑した。











あとがき

赤リンゴより黄色のリンゴが個人的には美味しいと思います。


※弟分の名前をアーサー→サムに変更しました。

アーサー…どこかで見た名前だと思ったら…(焦)

世の中、同姓同名がいるとは言え…これは不味いと思いました。すいません。

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