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26 虹色の薬

小指の爪ほどの大きさをした青い水晶に似た輝きを持つ宝石を摘まむと、プラチナは抜いたままの剣を片手にエリックのもとへと駆け寄った。


「エリックさん、勝ちました!」


満面の笑みでスライムを倒したことを誇るプラチナにため息が出そうになるが、初陣なんてみんなこんなものだと思い直す。


「よくやったな。それより、剣を拭って鞘にしまえ」


抜き身のままの剣を手に駆け寄られると、流石に危ない。

プラチナは「すいません、つい、嬉しくて」とはにかむとレースで縁取られた白いハンカチをポケットから取り出して丁寧に拭う。

カチャン、と金属音を響かせて鞘にしまった。


「まずは傷を水で冷やせ。痛みが引いてきたら、そこで干してある薬草を1枚取ってこい」


座ったまま、枝に吊るされた乾燥ネットを指差して指示する。プラチナは、傷口を冷水で冷やした後、痛みが引くのを待つ。

ずきずき、じんじんと痛んでいた傷が僅かにましになった。

そして、まだ瑞々しい薬草を1枚持ってくる。


「ポーチから調合セットを出してみろ」


言われた通りに「調合セット」と思ってポーチを開けると器具の数々が現れた。


まず、90×150センチほどの小さな作業台とその上には足が5つある背の高い台座が数個。

それとその上に置く沢山の透明なフラスコ。

横には直径30センチ深さ20センチほどの球形の鍋。樫の木のかき混ぜ棒がついている。


作業台を隅々まで見ると、細い試験管がずらりと並んだ試験管立てやノートとペン、数冊の分厚い本が無造作に置かれていた。

そこには「世界の茸大全」「よく分かる鉱物の全て」「素材と秘薬を学ぶ」「調合に惚れる」と並んでいた。

どれも調合の世界を代表するような名著の数々だったが、プラチナは著書も著者も知らなかった。


答えは簡単、学院のテストに出てこなかったからだ。


「とりあえず本は置いておいてもいい。まずフラスコに水を入れて火を灯せ」


水を呼び出し三角フラスコに満たすと下に火を灯した。

ゆらゆらとオレンジがかった炎が生き物のように揺れる。そのうち水の表面がふつふつと泡立ってきたところに「薬草を入れろ」と声がかかる。

プラチナはすかさず手に持っていた葉をフラスコの中に1枚投入した。


「火力を弱火にしてそのまま量が半分になるまで煮込むんだ」


フラスコの中で緑の葉っぱがくるんくるんと踊っている。火力を弱めると口から湯気がもうもうと立って沸騰した液体から小さな泡がプツプツと出ていた。


薬草が出来るまでの間にとエリックが懐から握りこぶしほどの茶色い固まりを取り出す。


それを2つに割ると一つずつカップに入れる。薬草茶を作った時のように水を入れ、小さな火球を落としてスプーンでかき混ぜるとみるみるうちにリゾットのようなものが出来上がる。


「昼飯だ、食え」とカップを差し出すと自分も口をつけた。何十年と食べてきた冒険者の保存食だ。

エリックにとっては旨いも不味いもすでになかった。


「これ、美味しいです!」


上品にすくって一口。

顔を輝かせて返事をすると、プラチナは食べる速度を速めた。


エリックはもう一口啜ると「そうか?」と言って首をかしげる。


「押し麦と塩、コショウ、干したネギ、シイタケ、干し肉、あとは干し魚、海老、干し貝も入っていますね」

美味しいはずです、と頷いた。


海の幸と山の幸が渾然一体となった深い味わいがプラチナの舌を刺激する。

ここに麦を入れてお湯を注ぐことを考えついた人は天才だと思った。


一滴残らずスープを飲み干すと、満足気に息を吐く。ふと、フラスコに目を向けると既に量は半分ほどに減っており、火から下ろした。


「よし、上手く抽出出来たな。今度はそれを冷めるまで待つんだ。」


エリックの言葉に頷くと待ってる間に大気中から水を出してカップとスプーンを洗う。乾燥ネットの引っかけてある隣に吊るすと腰を降ろした。

お腹も一杯になって幸せだ。


静かな時間が流れる中、フラスコの薬液が冷めるのを待つ。


最初は薄い緑色をしていたのに徐々にそれは沈澱し、黄色と緑の層に別れていく。

それも徐々に別れていき、最終的に虹色の綺麗な薬液が出来上がった。


ついさっき、薬草を光りにかざした時に見た虹色と同じ色がフラスコに現れて、プラチナは感動した。


「出来たか。これが標準的な薬液…ポーションと呼ばれるものだ。薬草の成分が抽出された煎じ薬だな。さて、足を出せ」


そう言ってエリックはフラスコの中身を少量だけ清潔なガーゼに落とす。

プラチナのスカートをめくると、先ほど攻撃を受けた太ももを見た。


細長く水疱が出来ており周囲は赤く腫れている。この水疱を破るか保存するかはその時々の判断になるが、今回は保存する方向でいこうとエリックは考えた。


水を指先から細く出して傷の周囲もあわせてきれいに洗う。ポーションを染み込ませたガーゼを覆うように当てると上から包帯を巻いた。

紙のテープで固定すると「終わったぞ」と告げる。


そして「出来たポーションは試験管に詰めて蓋をすれば完成だ」とそこまで言って不意にプラチナと視線を合わせる。


「今回は頑張ったな」と褒めるとプラチナの頭を無造作に撫でた。














あとがき

やけどの水疱って、すぐに破けるんですよね。






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