25 剣と言うよりは棍棒
「背中の剣で戦え」
エリックが指示を出す。それに対し、「はいっ」と精一杯の返事をして剣をぬいた。
すらりとした刃の鋭さに自分が指を切ってしまいそうだった。
草原の先にある灌木の茂みががさがさと音を立てる。ぽんっと飛び出してきた水色のゼリーに目を細めた。
「…スライム…」
呟く声が微かに震えている。緊張しているのか、怖いのか。
剣先は地面に突き刺さり、やっとの思いで持ち上げた。重さでよろめく剣を前にスライムがぷるぷると震えている。
しかし、その感情はプラチナには読めなかった。
お互いの力が極めて近いところで拮抗していることに勘づいたのか、スライムがぽよんぽよんと素早い動きで距離を詰めてきた。
――来るっ!
握る手に力を込めてプラチナは睨み付けた。
しかし、それは僅かに遅かったのかもしれない。
ぽよん、と目の前まで近づくと体当たりでプラチナを攻撃してくる。
「きゃっ!」
ゼリーが直接体にくっつくとひりひりした痛みが残った。擦り傷とも切り傷と違う痛みは火傷のようだと思う。
スライムは先手が決まったことが嬉しいのか、周りをぽよん、ぽよん、ぽよんと跳びはねながら縦に細くなったり横に平たくなったりと形を変えて楽しげだ。
ときどき、跳ねた拍子に回転やひねりまで加えていた。
プラチナにはそれがどうしても自分をばかにしているようにしか見えなくて唇を噛みしめる。
きっ!と睨み付けると「バカにしないで」と叫んで駆け出した。
「えい!」
重たい剣をふらつきながら掲げるとそのまま重量にまかせ、油断して跳びはねていたスライムに激突した。
衝撃は吸収され、剣越しにむにむにとした感触が伝わってきてちょっと変な感じがする。
頭…かどうかは分からないがスライムの頂点がへこんでいる。ぷるぷる、ぷるぷると震えていた。
プラチナから見たその姿は痛みに悶えているように見える。
「そこから一気に行け」
今までのやり取りを黙って見ていたエリックが鋭い声で一喝する。
「はいっ、エリックさん!」
ぷるぷると震えるスライムへと距離を詰め、プラチナは渾身の力を込めて再び重たい剣を振りかざした。
スライムからは逆光になっていて相手の顔はよく見えない。彼が彼女の前に姿を現したのは偶然だった。
モンスターは見た目が違うだけで、別に人や動物と大きく変わるものではない。こういう種として発展してきた生物だった。
動物にも草を食べるもの、肉を食べるもの、さまざまな種類がいるようにモンスターもその生態はさまざまだ。
そんな中、朝ごはんの薬草をたらふく食べたスライムは灌木の陰に隠れて食後の睡眠を貪っていた。
ここは人間たちが王都と呼ぶ、壁で囲まれた、ごちゃごちゃした石と木の固まりに近い場所だ。
人間たちはこちらが何かしてもしなくても、目が合えば武器を振り回して追いかけてくる血も涙もない連中だ。
極力関わり合いにならないように慎重に生きていかなければ自分のようなスライムはすぐに捕まって殺されてしまう。
里にときたまやって来る行商人のグレイベア、熊吾郎さんも旅で何より難儀するのは人間たちの見境を知らぬ横暴、と難しいことを言っていたくらいだ。
だから里に住むスライムは大なり小なり違いはあっても、人間は怖いと思っていた。
そんな自分だったが、おとぎ話のように聞いていたのかもしれない。
朝ごはんの後に眠って、目が覚めたから昼ごはんにしようと思っただけだったのに偶然、ばったりと出会ってしまったのだ。
………噂の、人間と。
自分に向かって振り下ろされる剣を見て、里から出なければ良かったと後悔した。
スライムがぷるぷるん、と震えて小さな宝石を落とした。
あとがき
行商人熊吾郎、今後も出したいです。
モンスターを倒すと手に入るコアをどうしようか悩んだんですが、宝石にしてみました。
主人公はこれから、(主人公にとっての)強敵に挑みながら最終目標に向かって一歩ずつ堅実に、しかし着実に進んでいく予定です。




