02 満月の水面
私は震える声で呟くと急いで自室に戻った。
満月の水面とは神樹の神殿における隠喩の一つで、満月をカップに浮かべて窓辺で茶を飲むことを言う。
ただし神樹の巫女の場合、占いの意味もある。
急いで茶を淹れると窓辺に座り、月を映してカップを見つめる。
「……っ!」
そこには確かに自分が王妃となる未来は見えなかった。
そこに見えた未来は、今までの自分とはかけ離れている。
神樹の巫女である自分が剣を掲げて高速に振り下ろし、邪神の首を落とす。
首が地にポトリと落ちた。
しかし、最後の呪いとばかりに切り落とされた切創から動脈血が吹き出す。
その血飛沫が顔を濡らしたと思ったが、それは茶が波立ってかかったのだと気付く。
「これは…確かに、殿下レベルの話ではなさそうですわ」
一人ごちるとぎゅっと強く目を瞑る。
まさか、邪神の復活の予言とその討伐の命を当代の神樹の巫女様から受けることになるとは。
「しかし、命令ならば仕方ないですわね…」
次代の神樹の巫女である自分は、次代の王に嫁ぐ。
これが今まで続けられてきた歴史。
神樹の巫女を娶り、守護することで神の力を血脈に取り込み、神聖な存在として政治、経済、軍部とあらゆる権力と富を一元化させてきた王族。
唯一無二の神樹の巫女という宝、神から直接「治めよ」と言葉を与えられた存在。
それが神樹の巫女だ。
世界と巫女は文字通り一心同体であり、守りの力も、破壊の力も、そして創造の力をも神は巫女に直接注ぐ。
巫女の魂は神の依代、神の乗り物。
神樹は巫女に注がれる神力を注ぐ器であり、樹の根はこの世界の端の端まで広がっている。
我が国と決して友好的ではない国の端にさえ。
ベッドに身を横たえ、プラチナは深いため息を吐く。
今、この時も体の中を神の力が巡っている。
私の役割は、この力を王妃として巫女として神樹へ注ぎ、世界の調和と維持に務めること、だったはず。
そして、巫女を守るためだけに王は存在するのだ。
王が世俗のあらゆる力を手にしているのは、その権力と富と武力で唯一無二の神樹の巫女という存在を神の力を守護するために他ならない。
神樹の巫女の予言の前には、王もまた臣下と共に跪いて諾の意を表す。
王とは、巫女を護り、巫女を支えるためにある者の一族が権力を持った存在なのだ。
「…神樹の巫女の護り人。」
そう呼ばれ、今もれっきとした一族としてそれはある。
その一族の長が代々王家と呼ばれる家を運営しているのだから。
だから私は驚いたのだ。
次代の神樹の巫女に次代の護り人の長が頭も下げず、あまつさえ婚約破棄などと…。
巫女が護り人の長に、つまり王には相応しくないと首をすげ替えたことは、歴史上数えきれないが……。
「巫女側が直属の部下に当たる王家に婚約破棄されるなど、この国始まって以来でしょうね」
まったく…困ったものね。
呟くと皇太子の綺麗な金の髪とアイスブルーの瞳を思い出す。
つまり、この騒動の意味すること、それは、今回の討伐には国の力は借りられないということだ。
あくまで私の個人としての力量で全てを為せということ。
……………。
取り敢えず、寝ましょう。
つらつら考えても、動き出した運命には抗えない。
だったら、やってやろうじゃないか。
そう、思って目を閉じた。




