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18 寝る前

プラチナは巫女姫の塔と呼ばれる場所へ帰ると装備を解く。


塔の中は一人で生活する習わしだった。巫女姫とは、神殿では何不自由なく生活できるようあらゆる手が尽くされているが、学院に入った途端に身の回りの世話をする人は一人もつけてもらえなくなる。


これはただの便宜上の話しであり、正確には婚約者である皇太子が後の妃のために使用人を差し向ける習わしがあるということだった。


だから、今まで使用人に囲まれない巫女姫など存在しなかった。


だが、今その使用人は全てルイス・ガルシア男爵令嬢のもとへと差し向けられ、プラチナはだだっ広い塔の中で一人きりだった。


ひしめきあっていた使用人も、彼らが出会ってから徐々に一人減り二人減り、一年後には半数近くになっていた。そして今のプラチナはすっかり「可哀想な巫女姫様」になってしまった。


二日前、彼らに糾弾されたルイス・ガルシア男爵令嬢に対するひどい仕打ちと呼ばれた出来事は、確かに私がやったことだ。


「彼女のドレスの悪口を言ったわ」とプラチナはベッドに腰掛けたまま呟いた。

パーティーで可憐に着飾った彼女は可愛いかった。若草色のドレスがとても似合っていて、幸せに上気した頬はほんのりバラ色で…プラチナの目からは輝いて見えた。


「そのドレス、とても素敵ね。よくお似合いだわって言おうとしたのよ…私」


彼女の隣には、彼女を見つめるアイスブルーの瞳があった。慈しみに満ちた眼差し、一挙手一等足にいたるまで目をかけ守ろうとする男の目。

殿下が隣に立っていた。


あとはよく覚えていない。それでも、自分が彼女に何かを喚き続けていたことは覚えている。


泥棒とか、賤しい娘とか、みすぼらしいドレス……とか。


令嬢の目が見る見るうちに見開かれて両手で口元を覆っていた。

あの純粋そのもののような令嬢は、きっとショックを受けたのだろう。

殿下が庇うように彼女と私の間に立ってアイスブルーの瞳を怒りで燃え上がらせていた。


殿下の、あの時のあの目は忘れられない。


そのあと、しばらく彼女に謝ろうと思って周りをうろついてみたが、殿下とその側近達に強い警戒を抱かれただけだった。


寒い塔に一人きりでいると、何だか泣きたくなってしまう。

プラチナは起き上がると寝支度を始めることにした。


「…お風呂に入って寝ましょう」


プラチナだって女の子だ。自分の置かれた立場を考えると胸もズキズキと痛んだ。


脱衣場で服を脱ぎ、体を泡立てたタオルで擦る。綺麗なお湯ですすぐと温められたバスタブに体を浸した。

婚約破棄されたのは、わずか二日前のことだと言うのにその後、いろんなことがありすぎた。体が温まるにつれ、この二日のことが思い出されてくる。


「わたし、自分でパンを買ったわ」

正確にはエリックが買ったのだが。


「初めてうさぎ狩りもしてみたわ」

やっぱりこれもエリックだ。


「辻馬車にも乗ったし、あと、装備だって選んだわ」

全部エリックの功績だ。


プラチナはふぅ…と息を吐くと「エリックさん…」と小さく名前を呼んだ。


「エリックさんが…助けてくれたわ」


お風呂の湯船に沈みこんで、ブクブクブクと息を吐く。思い出すとほんのり暖かい。

「それに、あのチキンサンド…美味しかったな」


アーサーと別れたのは今朝なのに、もう懐かしい。


エリックさん…今頃何してるだろう…と呟いた。












一方そのころエリックはギルドの向かい側にある宿屋「柳亭」にいた。

プラチナがいつギルドに来てもいいように真向かいの宿屋を取ったのだ。


目抜通りにあるギルドの向かいという立地条件も手伝って、他の宿よりいくぶん料金はお高めだ。

そのため王都に拠点を持つ冒険者は滅多なことではこの宿を利用しない。


「お前がこんな場所にいるなんて珍しいな」


よく知る男の声にエリックは振り返りもせず、グラスの氷をカラカラと鳴らした。


バーテンに「シャイニーをロックで」と注文する。声の主が「俺もそれで頼む」と告げた。

エリックの隣に座ると男、C級ベルフォード・クラウスはバーテンから酒を受けとると一口含んだ。


「最近、調子はどうだ?」

「別に、変わらんさ」

再びの沈黙。


黙々と酒を飲んでいたが、ふと思い出したように「そう言えば妙な話を耳にしたんだが」とベルフォードが口火を切った。


「お前、幼女趣味に走ったんだってな」


渋い声で告げられたセリフにエリックはバッ!と横を向く。そこには悲しそうに眉を寄せるベルフォードの姿があった。


「お前、いくら女に飢えてるからって子どもはだめだろ、子どもは。女を抱きたいなら娼館に行けよ」

やれやれ、と顔を左右に振る旧知の男にエリックは言葉以上の苛立ちを感じた。


「違えよ、そんなんじゃねえ」

ぐっとグラスの酒を煽ると眉間に深い皺が寄るのを自覚する。


「へえ…じゃあ何だってんだ?」


ニヤニヤと今度はからかうように訊いてくる。事実、からかわれていたんだろう。それに気づくとエリックは皺を寄せたままで「弟子だ」と言い放った。


「弟子だぁ? お前が?」


「何か文句あんのか」


大袈裟に驚くベルフォードにイライラしながらエリックは噛みついた。


「あの赤の戦神と呼ばれた傭兵エリックが弟子ねえ…しかも相手はあんな弱っちいお嬢様ときた」

「…見てたのか」


エリックの問いに肩を竦めて「見えたのさ」とベルフォードはこたえ、小さくため息を吐いた。


「ありゃスライム相手にもてこずるんじゃねえか?」

あの立ち方、歩き方は少し見ればわかる。

全くのど素人だと。


「今は筋トレからやらせてるところだ」

「先の長い話しだな、おい」

ベルフォードの言葉に「放っとけ」と吐き捨て再びグラスを傾ける。


ふと、昼間のプラチナの百面相を思い出す。エリックは「くくっ」と低くくぐもった笑いを漏らした。


「……末期だな」

隣に座るベルフォードが呆れた声で呟くと冷たい眼差しを向けていた。







あとがき

2話にするか1話にするかで悩みましたが、短くなるのでそのままにしてみました。

B級からは公的機関からの依頼がメインになるため、冒険者らしい冒険者はC級に留まっているという設定が(自分の中で)あります。

伝わりにくくて申し訳ありません。



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