15お会計
正直なことを言うと、出てきた料理の味は正確には覚えていない。ただ、美味しかったとしか印象に残らなかった。
食べたこともない麺や、煮込み料理、黒パンやかぼちゃを使ったスープなんかは学院に持って帰りたいくらいだと思ったが、しかし、プラチナには何より印象に残っているのはベティだった。
彼女とエリックさんは…その…どういう関係なんだろうとか。
もしかしたらもしかして、もしかするのかも…とか。
プラチナの脳みそでは演算不可能な数々の疑問が沸き起こり、消えていく。向かいのエリックを見ても、何事もなかったかのように涼しい顔で黙々とシチューを食べていた。
(…あんなに、身体にべたべた触られてたくせに…)
しなだれかかって、鼻につく艶っぽい声で彼の名前を呼んでいた。
(…胸、大きかったな)
涼しげな胸元を、思わず穴の空くほど見てしまった。
はしたないことだと思ったけれど、目が釘付けになって離れなかったのだ。
プラチナはベティの豊満な胸元を思い浮かべながら、そっと自分の胸元を見て……再びそっと目をそらした。
(エリックさんは、もしかしてああいう人がいいのかな?)
思考がぐるぐる、ぐるぐると空回りする。こんなことは初めての経験だった。
「おいプラチナ、」とエリックが声をかけてきたが、どこか遠くに聞こえる。ぼんやりしているプラチナにエリックは舌打ちすると「プラチナ!」と呼んだ。
「はっ…はい、何ですかエリックさん」
ビクッと体を震わせて顔を上げると、訝しげに眉を吊り上げたエリックにじっと見つめられる。
「大丈夫か、お前」
「も、もちろん!全然平気です!」
プラチナのどうにも挙動不審な動きに首をかしげながら「それならいいが…」と言った。
「食い終わったらまだ日暮れまで時間がある。装備を整えたら、今日のところは学院に戻れ。ところで、講義はいつなんだ?」ふと思い出したように講義日程を確認するとプラチナは真面目な顔で「明日です」と答えた。
「私たちは最終学年ですからね、講義もあまり残ってません。そのかわり、余った日程で社交界へ頻繁に出席するんです。今後のために」と続けた。
だから実際、学院に生徒が集まるのは毎週1日だけになる。あとは各家ごとに開かれるパーティーに各々が顔を出す毎日になるということだ。
「なるほど」
納得したように頷くとエリックは食後の茶をすする。自分の前の皿の中身も既に空っぽだった。
「じゃあ、そろそろ出るぞ」
「はい」
…自分の装備や講義をどこまでも気遣ってくれるエリックさんには、どこまて行っても感謝しかない。
急に…さっきまでの自分が恥ずかしくなった。
レジでエリックさんがお財布からお金を出している姿に、ようやく自分の無知を思い出す。
一人じゃ何も出来なくて、エリックに泣いてすがりついた、あの時の自分を…。
エリックの力でクエストを終了させて、浮かれていたことにようやく気づいた。
(何を、浮かれていたの…私は)
こんなにもエリックさんに迷惑ばかりかけている。
唇を噛み締めると、自分も早く一人前にならなければと強く思う。
一人前に稼いで、自分が食べた分くらい、自分で払えるようになりたい。
私は出歩くのに、お金を1クルも持たずに出てきたのだ。何をするにもお金が必要だと、数日前の自分は知らなかった。
さっきまでの浮わついた気分が嘘のように静かになっていく。
好きとか、なんとか…自分はなんてみっともなかったんだろうと思う。
当たり前に支払いをしているエリックの後ろ姿にプラチナは思わず拳を握った。
ギルドを出て、エリックの隣に並ぶ。
「エリックさん、さっきは狼狽えてすみませんでした。私は一日でも早く一人前の冒険者になります。その時には、エリックさんに好きなものを何でもご馳走しますから!」
気合いをいれてそう告げると、むんっ!と鼻息を荒くして見上げた。
エリックは「そんな事思ってたのか」と呆れた顔をする。しかし、ふとプラチナの顔を見るとまぶしそうに目を細め…「食いたいものを何でもか…その約束、忘れるんじゃねえぞ」と言った。
そしてプラチナの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
ほんの一瞬、冒険者として成長を遂げたプラチナをエリックは思い描く。
プラチナはにっこり笑って「ご馳走しますよ!」と宣言した。
まだまだ先の話しだがな、とエリックは呟くと背中をバシっと叩いた。そして告げる。
「プラチナ、早く俺の場所まで来い。そして、俺を越えていけ」
まあ、そう簡単には越えさせないけどな、と言いながらにやりと笑う。
そして「さっさと装備を整えに行くぞ」と歩きだす。
プラチナは決意を新たにエリックを追う。
その人はとてつもなく、大きくて、遥かに遠かった。
あとがき
エリックは歩幅が大きいので、プラチナは物理的に追い付きません。でもプラチナはいつか追い付くと思って追いかけていますが、本当はエリックが歩幅をさりげなく調整して追いつけるようにしています。




