12麻袋一杯のお茶
テーブルには昨日と同じチキンサンドが並べられていた。隣には葡萄ジュースだろうか。並々と注がれている。
「さあ、召し上がれ」
アーサーさんがにっこり笑ってテーブルの食事を手で示す。
「はい」
アーサーに感謝して朝食の席についたプラチナはさっそくチキンサンドを頬張った。
神殿の奥で祈りの日々を過ごし、学院では一段高い場所で殿下と隣合わせの席について食事をしていた時はこんなにご飯が美味しいものだなんて知らなかった。
焼きたてのパンの味も、会話をしながら食べるチキンの味も、何も知らなかった。
「プラチナは本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しいよ」
アーサーがクスクスと笑いながら楽しそうに言った。
「それは、だって…本当に美味しいですから!」
チキンサンドも葡萄ジュースも、美味しい。何もかもが。
心ゆくまでチキンサンドを食べ、食後のカモミールティーを飲んだ。朝からだいぶ時間がたって、そろそろ昼前なんじゃないだろうか。
「それはそうと、クエスト報酬だが」
「ん?ああ、勿論さ。確か手数料込みで豆金貨2枚だったかな」
アーサーの返事に頷くとエリックは「ギルドに振り込みしてくれ。それはそうと、長居してすまなかったな」と挨拶する。
もしかして、このままお茶を飲んだら帰るのだろうかと思うとプラチナは寂しくなった。
アーサーもそれをそれを感じたのだろう。「ちょっと待って」と言って一抱えある麻袋をプラチナに手渡した。
「約束のお茶だよ。プラチナには特別にね」
「別に俺は茶はいらん」
驚いて固まっているプラチナの横でエリックが顔を苦くしかめてみせた。
「えっこんなに沢山?」
精々小さな布袋に茶葉が詰めてあるのだと思っていたのに、これじゃあ商売でも始められそうだ。
「邪魔なら捨ててもいいよ」
「そんなっ!全部飲みます!」
言った途端、アーサーがにっこり笑って「良かった。じゃあ、持って帰ってね」とエリックに押し付ける。
押し付けられたエリックは、やれやれと溜め息をついて荷物の中に入れた。
「じゃあ、そろそろ出発する。帰りも歩きと馬車なんでな」
椅子を引いて立ち上がるエリックにアーサーも「そうだね」と返事をした。本当に、本当にお別れだ。
「アーサーさん、私、こんなに美味しいチキンサンドを食べたのは初めてです。お茶も、とっても美味しかったです。だから…また、来たいです」
最後は少し涙目になってしまったが、精一杯思いを告げる。エリックが「お前は食ってばっかりだったな」と冷静に呟いた。
「もちろん、いつでもおいで。特に、エリックに苛められたらすぐに僕に言い付けに来るんだよ」
すでに泣いているプラチナの頭を撫でながら答える。
それを聞いたエリックが「ばっ…馬鹿言ってんじゃねえよ。俺のは苛めじゃねえ、指導だ!」と叫ぶ。
それに対し冷ややかな目をエリックに向けて「大抵みんなそう言うんだよ?」と返した。
エリックは「ふざけんな、俺が苛めなんて低級な真似するわけねえだろうが!」と尚も叫び続ける。
しかしアーサーは少しばかり厳しい顔でエリックを見たが、すぐに吹き出すように笑って「すまないエリック、冗談だよ、冗談」と言った。
エリックが今度こそ顔を真っ赤にして怒り、「帰るぞ、プラチナ!」と言って部屋を出ていった。
二人で家の玄関を出たところでプラチナがくるりと振り返る。
そこには、手を振り続けるアーサーの姿があった。
「二人とも、またね」
アーサーの柔らかい笑みにプラチナはにっこり笑って「はいっ!」と答えた。
エリックも片腕を突き上げてひらひらと手を振る。
プラチナはそっとエリックの顔を見上げると、あの唇を微かに歪める独特の笑顔を浮かべていた。
~その後、しばらく道を歩きながら~
「…何見てやがる?」
ちらちらと自分の顔を見上げてくるプラチナに眉を寄せて尋ねる。
しかしプラチナは「いいえ、何でもありません」と答えるだけだ。
しかし、先程からこう何度も見られては「何もない」はずがない。
「言いたいことがあるなら言え」
苛立ちを隠そうともせず、答えを促すエリックにプラチナはにっこり笑った。
「エリックさんが、また笑ってくれないかなあ~って思ってました」
「ぁあ?」
「だから、エリックさんがまた笑ってくれないかなあって思って見てたんですよ」
その返事にエリックは「馬鹿馬鹿しい」と一言呟くとプラチナを置いてさっさと歩き出した。
「何で馬鹿馬鹿しいんですか……あっ! 待って下さいよ!」
すっかり先を行くエリックに置いていかれないようにプラチナは駆け出した。
あとがき
最後の付け足しはなんとなく思い浮かんだので書いてみました。
最近、だんだんタイトル詐欺な気がしてきました。
「指導者エリックとへっぽこ新米冒険者プラチナの大冒険」
この方が正確な気がします。




