表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/66

11学友を羨む

目が覚めて、一番に気になったことは「水音」だった。最初も終わりもなく永遠に続くような沢の流れが不思議なくらい耳に染みる。


決してうるさいとは感じさせない音の集まりに、プラチナは目をぱちぱちと瞬かせた。すっきりとした頭で毛布をはねのけると、ガバッと起き出す。


もうお日さまはすっかり昇っていた。


「…やっちゃった…」


毛布を畳んで、軽く手櫛で髪のもつれを整える。名前と同じプラチナブロンドの先に一本だけ枝毛を見つけてわずかに眉をしかめた。


髪を引っ張ってぷちんと抜く。本当は枝毛は抜くのではなく、切るべきなんだろうけど…とプラチナは思った。


「あー…エリックさん、きっと怒ってるよね…」


急いでいるのに雑にならない優雅な動きで身仕度を整える。服が自分一人で着られるのはプラチナのちょっとした自慢だ。ボタンだって両手を使えば間違えずに掛けられるし、スカートもちゃんとはけるのだから。


なにせ学院に行くまでは身の回りのことなど何一つ出来なかった。


裸で寒さに耐えながら両手を肩の高さまで平行に挙げていれば勝手に着替えが終わったのだし。


時には「顔を右に、左足を上げて、目を閉じて」と指示が入ったが、基本的には身を任せることがプラチナの身仕度と呼ばれるものだった。


それを思えば自分はかなり自立し、生活力が高くなったと思う。


(メイドがいなくても身仕度が整えられるなんて、私、冒険者にふさわしくなってきたんじゃないかしら?)


今度エリックさんにそう言ってみよう、と思うプラチナだった。



部屋を出ると、二人の話し声が廊下の先からぼそぼそと聞こえてくる。

朝の空気が開けられた窓から入り込んできて、爽やかだけど少し寒い。エリックにかけてもらったマントの端をしっかり合わせると、プラチナは話し声の方へと歩いていく。


ドアノブを回して押し開けると簡単に中に入れた。

さっきまで自分がいた部屋と基本的には同じ造りをしている。


ところどころ煤けたような赤煉瓦の壁に、火が舐めるように燃えている暖炉に、赤茶色のカーペット。樫の木で出来たテーブルと革のソファがあって、そこに二人座ってカモミールティーを飲んでいる。


「目が覚めたかな」


「おはよう…ございます」


アーサーがにっこり笑って席を勧めてきた。

促されるままにプラチナは腰掛け、出されたお茶を一口飲む。


「プラチナにはそのお茶が気に入ってもらえたみたいだね。良

ければ帰りに一袋持っていくかい?」


「本当ですか!これ、美味しいから好きなんです!ありがとうございます」


このお茶が学院でも飲めると思うとプラチナは嬉しさのあまり思わず顔を輝かせて喜んだ。

その反応にアーサーは再びにっこりする。


すっかり打ち解けて仲良くなった二人に、しかし一名だけ表情を少しも変えず沈黙を守る。

静かにカップをテーブルに置くと、「プラチナ、」と話しかけた。


その、感情を感じさせない淡々とした声にプラチナはビクッと肩を震わせると恐る恐る見上げる。

意外なことに、怒った顔はしていなかった。


「お前、何か言わなくちゃいけないことがあるんじゃないのか?」


エリックの問いかけにプラチナは昨日から今日にかけて行ってきた自分の行動を振り返る。


しかし、思い出せば出すほど全てが問題行動だったような気がしてプラチナは泣きたくなった。


「あ、あの…エリックさん…その」

「なんだ?」


言い淀むプラチナに敢えて無表情かつ抑揚のない声で答える。

いよいよ追い詰められたプラチナは半分泣いたような顔で「えっと…すみませんでした」と返事をした。


「何に」


エリックの追及は終わらない。

しかし、今度はやや怒りを含んだ声だった。

いよいよお説教の始まりを予感させてプラチナはもう、気絶できたらいいのにと思う。


学友達の中には倒れたい時に自由に倒れることが出来る特技を持つ者がいる。

ここぞという時、か弱い貴婦人を演出するために日夜磨き上げている技なのだと自慢気に話していたのを思い出した。


自分は何故あの時、彼女からその技を学んでおかなかったのかと今ほど後悔した時はない。


「おい、聞いてるのか、プラチナ!」


エリックさんがガミガミと声を荒げる。

プラチナはソファで小さく、小さくなっていた。


「まず、これが金を稼ぐことだって自覚はあるか?俺たちは、うさぎ狩りをしたいんじゃなくて、出来ないといけないんだぞ?お前は息を殺せと言っても、気配を消せと言っても、ぼんやりしゃがみこんだままで挙げ句に地声で喋りやがった…」


赤毛をかきあげるようにして額に手をやると、エリックは新芽のような緑の瞳をぎろりと細めてプラチナを睨み付ける。


「次に、お前は何もしなかった。うさぎ一匹、仕留めなかったな?そもそも、出来もしないクエストをどうして引き受けたんだ?お前だけじゃない、ギルド全体の信用問題に繋がるんだぞ。そうなりゃ、王都のギルドは笑い者になる…うさぎ一匹狩れないってな」


エリックの言葉はもっともな話だった。

確かに自分は達成出来ない依頼を受けてしまっていたのだ。


「…すみません。アーサーさんにも、エリックさんにも、ギルドの方々にも…私、とんでもない迷惑を…」


「…今回は俺がいたから、別に良かった。パーティーは集団で戦略を立てるものだ。俺が入った時点で選択可能クエストになったんだ。だから受け付けも受理したんだ、お前だけじゃあいつらも受けさせん。お前には受けられないレベルのクエストだったってことだ。お前はそれをわかっていたか?」


プラチナが首を左右にぶんぶんと振った。

エリックは「だろうな」と呟く。


「最後に、金の話の最中に寝るんじゃねえ。クエスト報酬は冒険者の生命線だ。アーサーだからまともに付き合ってくれてるが、世の中にはお前が想像も出来ないようなどうしようもないクソ野郎が掃いて捨てるほどいる。お前は踏み倒されてもおかしくない状況を自分から作ったんだ。いいか、世の中の9割以上はクズ野郎だと思っとけ!ちょっと乱暴だが、お前にはそれくらいで丁度いい」


エリックは言いたいことを言ったとばかりに言葉を切る。プラチナはもう、何も言えずにうつむいていた。


「あと、それから…」エリックが思い出したように付け加えてきて、ビクッと肩を震わせる。

まだ、これ以上何かあるのだろうか。


「アーサーが朝飯をご馳走してくれるらしい。お前の好きなサンドだとよ」


食いに行くぞ、と言いながら強ばったプラチナの細い肩をポン、と叩いて立ち上がらせる。




プラチナは遅れないように一生懸命エリックの後を追った。










あとがき

本人が分からないことが分からないと、指導者は頭を抱えてしまう。先輩に頭を抱えられると、へこみます。のの字を書きつつ、一つ一つ着実にです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ