10夜間の冷え込み
チキンサンドを美味しく食べ終わったら次は仕事の時間だ。
しかし、プラチナはうさぎ狩りの経験など当然ない。
エリックの隣で畑を見張る。
プラチナがぶるっと体を震わせてエリックにくっついてきた。
エリックは微かに震える姿に納得する。
春とは言え夜はまだまだ冷え込んだ。
星がチカチカと瞬いて、月がそろそろ中天に差し掛かろうという頃合いだった。
川の流れがさらさらと涼しい音を立てていっそ夜中にうるさいくらいだと思うが村の連中は何一つ気にしちゃいないんだろう。
生まれた時から耳元で聞き続けていたら、そりゃ何も感じないだろう。
隣で眠る妻のいびきみたいなものだ。
そんな川の流れを引き込んだ家の周りの用水路で昼間見た魚が一匹ぱしゃんと跳ねた。
美しい曲線を月明かりが照り返してシルエットだけが浮かび上がった。
くしゅっ…。
隣から小さなくしゃみが聞こえてエリックは再びプラチナを横目で見た。
プラチナは昼間に見たのと全く同じ格好をしていた。
つまり、学院の制服のままだった。
エリックは小さくため息を吐くと自分のマントを脱ぎ捨ててプラチナに渡す。
しかしすぐに思い直すとエリックはプラチナの肩にマントを羽織らせて首元で縛る。
プラチナは着せられている間、ぽかんと見ていただけだが、自分の首元でマントの端がしっかり縛られた途端、我にかえった。
「いけません、それじゃエリックさんが風邪をひいてしまいます!」
「うるせえぞ、うさぎが逃げるだろうが。お前は黙って待つことも出来ねえのか」
エリックがギロリと睨み付けてプラチナを黙らせた。
大体…自分も迂闊だったと思う。
考えなくても分かりそうなことだ、プラチナが着のみ着のままでいたことぐらい。
「ちっ…仕事が終わって王都に戻ったら、まずはお前の装備からだな」
そのままじゃ冒険者はやれん、と苦々しく呟いた。
「はい…ごめんなさい、エリックさん」
しゅん…と項垂れるプラチナにエリックは再び盛大な舌打ちをした。
「別にお前は…悪くないこともないが、一番悪いのは俺だ。お前は知らなかった、だから悪い。俺は知っていたが気にしちゃいなかった、だから余計に悪い」
そんな事…と反論しかけたところに、畑の向こうからがさがさっと音がした。
ピン、と耳を立てて鼻をひくひくと動かしては辺りを注意深くうかがっている。
やがて、危険はないと判断したのだろう。畑の中に入ってきた。
人参の前で鼻をひくひくさせて立ち止まり、口を開けて食べようとした。
しかし、何かが横切る音が聞こえ、顔を上げると額に強い衝撃を受ける。
うさぎの意識はそこで途切れた。
エリックの手にはパチンコが握られており、足元に置いてある小さな布袋から一つ礫を取ると再び構える。
月明かりに照らされたエリックの赤い髪が表情を隠していた。
ずかずかと畑の中に入っていくと、エリックは持参した麻袋にうさぎを放り込む。
一晩中同じように狩り、畑からうさぎを追い払い続ける。
東の空が白み始めた頃、やっとうさぎは姿を現さなくなった。
「やぁ二人とも、お疲れ様。中でゆっくり休んで」
アーサーが外套を羽織って出てきた。ずっしり重たい麻袋を手にエリックが家に入っていく。プラチナもその後ろに従った。
ソファに二人して身を委ねる。
エリックにしたらどうと言うこともない内容だが、プラチナにはきつかった。
座った途端、体が動かなくなるんじゃないかと思う。ソファに体が沈みこんでゆく。
「これはまた、大漁だね」
そんなプラチナの隣でアーサーがエリックから麻袋を受けとると、ほくほく顔で台所の隅に置く。
そして熱い香草茶をヤカンそのまま持ってきた。
「さあ、まずは一杯どうぞ」
比較的ぬるめにしたお茶を二人に振る舞うと、自分はヤカンの茶を注ぐ。
二人がぐぅっとあおるように飲むのを確認して次に熱い茶を注いだ。
ふーふー息を吹きかけて冷ますと、一口含む。
口の中に広がるカモミールの香りが鼻から抜けていく。
舌先に薬草の青さと微かな苦味を感じるが、それさえも味わうように口の中で遊ばせる。
そのまま奥に流しこむようにゴクン、と飲み込めばプラチナの白い喉が僅かに動いた。
体中に染み渡るカモミールティーの爽やかな温もりに思わずほっこりする。
「美味しい…」
プラチナの呟きにアーサーが優しく微笑んだ。
二人の話を聞かないといけない、そう…聞かないと…と思うがどうしても船を漕いでしまう。
話の内容が報酬に差し掛かった頃、プラチナはすっかり夢の中だった。
隣から幸せな寝息が聞こえてきて、エリックはギロリと睨み付けた。
「おらっ、起きろ!プラチナ!」
軽くゆさぶっても全く起きる気配が感じられない彼女に思い切り舌打ちする。
「まあまあ、彼女も徹夜で疲れたんだよ」
アーサーの宥める声にエリックが顔をしかめて「ったく…」と呟いた。
「冒険者が報酬の話の最中に居眠りだと? いかれてるぜ」
まったくよぅ…とぼやく。ヤカンからもう一杯注ぐと飲み干した。
「急がなくても、後で規定の報酬はちゃんと払うよ。それより、君も少し寝たらいいよ」
エリックとしてはアーサーとこれからきっちり話をしてから休むつもりだった。
だが、自分達のやり取りをプラチナに見せたいというのも本音だ。
金勘定なんてしたこともないような奴が冒険者になるのだから、どんな経験でも無駄なものは一つもない。
特に報酬については「基本のき」だ。
「…ちっ。このソファを借りて俺たちは仮眠を取らせてもらう。毛布を2枚くれ」
アーサーが快く持ってきた。
「じゃ、おやすみ」
「おう」
その毛布を自分とプラチナに一枚ずつ掛けながらエリックは目を閉じた。
あとがき
仕事は片付けと補充と記録をして、申し送るまでです。




