人間失格、そして悪魔【堕】
「………」
「博士、返事ぐらいは…して欲しいものですな?」
低く、野太い、堂々とした声が、リトの背後から聞こえた
その声の主は、上は黒の下地にボタンが数個付いているジュストコールに似た服を着ていた
下はしっかりとしたスーツの様な純白のズボンを履いており、黒い本革の立派な靴を履いていた
………この人物が誰だか、見なくてもリトはすぐに分かった
リトは黙って懐から小さな『魂機』を取り出し、今しがたアレス達が入った『転送魂機』に向けてボタンをカチカチッと押す
すると、シュゥゥゥッ……っと音を出して、『転送魂機』がその動作を停止する
「………」
「…彼等を我々の『計画』に巻き込む形になったとしても…特段問題無かったのでは…? 所詮は、20年前に廃れた『英雄という存在の子』…我々であれば、幾らでも対処出来る事柄であるのは確実でしょう…」
「貴方のその『認識』は間違っていますよ… 『英雄』は…廃れてもなお健在だからこそ『英雄』と呼ばれるのです… それに…『元英雄』に対してその言葉は…あまり言わないで頂きたいですね… そして『彼』は今も『英雄』です。 敵に回すと…これ以上無い程の厄介な存在です。 …甘く見ないで下さい…セイスビークさん」
リトはその声の主『セイスビーク』に対して、普段の優しそうな深みのある声とはかけ離れた冷たく重い声で、そう言い放った
完全に『警告』、あるいは『怒り』を込めた言葉だったのに対し、セイスビークは薄ら笑みを浮かべながらそんな事全く気にせず返す
「いや失礼…何やら城内が騒がしくてね… 聞けば、貴方の所へ行った『客人』が戻って来ていないらしく…そして博士の姿も見当たらなくなった… だから私の持つこの『小型携帯転送魂機』を使い、『転送受信魂機』を持つ博士の所へと…こうして『移動』して来たのですよ」
「……そんな事、僕は貴方に聞いてはいませんよ」
「私は『彼等を逃がす』事を、貴方から聞いていない……やはり私の予想は正しかった。 貴方が私を裏切り、私の『計画』を邪魔したのは、この場を見れば明らか…説明して貰えますかな博士?」
「……それは此方の台詞ですよセイスビークさん… そもそもあの中立港『ダリルコート』に、貴方の独断で『雇った人間』を送り込まなければ、ここまで事態が悪化する事は無かったはずですからね。 僕は止めたのに、貴方がそんな僕を無視して『計画』を実行したからこそ、僕自身もダリルコートに行かなくてはならなくなったのですよ? …そこから『計画』を修正しながら、『計画』を二重にして進行しつつ『第2段階』に向けた新たなる『計画』を立てる羽目になった… その苦労こそ、貴方に分かって貰いたいのですが」
セイスビークは悪びれもせず、不気味に笑う
「クックックッ…それについては申し訳無い… 貴方があそこまで『計画』を中止すべきと仰る理由が…少々理解出来なかったものでね… 『英雄の子が居るから中止すべき』…そう言われても、理解力の乏しい私ではどうにも理解出来なかった…確かにそれだけで『兵』を港に向かわせたのは謝罪しよう… しかし賢明な博士ならば、その程度の問題ならば『問題無い』と思いましてね…?」
「………」
リトは依然として背中をセイスビークに向けたまま、静かに会話を続けた
「……僕はこの大陸に到着する『魂機船』の『乗客名簿』は全て把握している。 出港前にリスト化された乗客名簿を魂機船に内蔵された『情報端末魂機』に記録させ、中立港に建てられた『魂波送受信魂機』の範囲内に入った時に魂機船から送られて来た乗客名簿のデータを、中立港から王都に向けて数十箇所に設置している『魂波送受信魂機』を経由させて、僕は王都に居ながらもその情報を閲覧する事が出来る…もちろんこの大陸だけで僕のみが行える特別な方法なのは、貴方も知っているはず… だからこそ、その『乗客名簿』に『暁アレス』が居たからこそ、今まで行っていた『計画』を一時中止してくれと貴方に進言したのです…彼の名前だけは、『トレスとアリス』の出産を祝った時に知っていたのでね… 実際に目にするのは今日が初めてであり、中立港でその名を持つ人物を『観殺眼』で見るまでは分からなかった…『計画』を続行するメリットは皆無…それを貴方は強行したのです。 『英雄』を傷付ける行為は絶対にしてはならない…『報復』も『私怨』も混ぜ込まれた血みどろの『争い』が起こる事だけは避けなくてはならない…予め、そう伝えたはずですよ…?」
「ならば『捕虜』として扱えば良いのでは…? この大陸に捕らえておき…いざとなれば『盾』として使えるはず…」
「『五体満足』でなければ『彼等』は納得しない…束縛するのも危険過ぎる…ここに居れば、『予測不可能な行動』もする可能性も十分ある…だからこそまとめて『居なくなって』欲しいのですよ『彼等』には…」
「………だが……」
そこでセイスビークの声が、より一層、低く野太く堂々となる
「『計画』の『要』である『グァメ・ブチィエナ』は殺された。 今後、我々の『計画』は行えなくなってしまった…それについては………どう責任を取るつもりですかな…?」
「………」
リトは黙ったままだった
「………ククッ…」
セイスビークは逆に笑った
「聡明な博士であれば…既にこの先どうするか考えていらっしゃるはずだろうがな… そこは任せても良いのだろう…? 博士…?」
「………」
セイスビークは不気味に、そして高らかに笑う
「既に私の『絶対王声』を『拡声』させる『魂機』はほぼ完成している…! 博士…貴方の『技術力』により…! あとは『計画』を進め…『戦争』さえ起こせば勝利は確実…!! 我々の『未来』は決まっている…!」
セイスビークは、更に笑う
「安心して頂きたい博士…! 私が『表』に立つ…! 『裏』は貴方に任せよう…! 我々の『役』と『目的』は違えど『道』は同じ…互いに存分に『利用』し合おうではないか…!!」
そしてそのまま…セイスビークは後ろを向き、薄暗き地下の道を進み…やがてその姿を消した
「……………」
リトは何も言わなかった
これでいい
これが『僕』のやり方だ
全ての『人間』に否定されても
全ての『獣人』に怨まれても
『僕』は全てを、『彼等』に捧げると誓った
『敵に回したくない』…それは違う
本当は『護るため』に
僕を…
僕をあの小さな教会から連れ出して
この大きな世界へと導いてくれた大切な友人…
『黒月トレス』
そんな彼の…『アリス・レッドテイル』との掛け替えのない『子供』
どちらも僕の大切な『友人』であり『仲間』…
彼等の『子供』を…僕には『護る』義務がある
かつてそんな『未来の形』を残す事が出来なかった僕が…
『トレスとアリス』の『息子』を護ってみせる
そして…
『彼女』の
リュリュとの『未来』を
どれだけ『邪道』と言われても
どれだけ『人道』を踏み外しても
どれだけ『時間』が掛かっても
必ず創ってみせる
たとえ
この身が『悪魔』に成り果てて
人間を失格したとしても
底まで堕ちるのは僕だけでいい
だから僕は
何も恐くない
「ハァ…ハァ…! 博士…! ここに居たのですか…!」
「…! その様子ですと…逃がす事に成功したのですね…!?」
薄暗い通路から現れたのは、2人の『エルフ』だった
尖った耳と薄緑色の瞳をしているブルールと、尖った耳と黄色の瞳をしているフレール…慌てた様子でリトに駆け寄る
「なかなか戻って来られないので心配しました紫村博士… 今は僕達だけですが、もうじきここにも騎士がやって来るはず…急いで戻りましょう…!」
フレールがリトを催促する
「………」
「………博士…?」
リトがブルール達の方を見ないのもあるが、それ以前に纏っている雰囲気が異様だった
「………」
「………博士…聞こえていますか…?」
ブルールがそう呼びかけるも、リトは2人の方を見ようとしない
それが『異様』なのではなく…何を考えているのか分からない所が『異様』だった
これほど近い距離に、目の前に居るのに、リトが何を考えているのか一切分からなかった
「……………すまないね…」
ようやくリトが口を開いた
「……少し…考え事をしていたんだ…」
その声は…なぜか変な感じがした
「…急いで戻るけど…その前に…」
『脳』にスッ……っと入ってくる様な…聞き入る様な…逆らえない様な…そんな声で、リトは2人に言った
「…凄く簡単で…本当にちょっとした…」
リトはゆっくりと、ブルールとフレールの方へ振り向き
まるで『悪魔』のような優しい笑顔を見せて、こう言った
「僕からの『お願い』を聞いてくれるかい……?」
サークルワールド HERO ~一期一会編~ 第十章
人間失格、そして悪魔【堕】
完
『グァメ・ブチィエナとセイスビークの契約』
「………本当に…『団長』のためになるんだろうな…?」
「ああ…勿論だともグァメ副団長… 『教会』へ行き…君だけがそこに居る者達を全て『排除』するのだ。 他の者には『生け捕り』と命令はしているが…君だけにその『任務』を与えよう」
「…そりゃありがたいね… だがそれは『団長』の命令違反になる…俺はソレだけはしたくねぇ…」
「安心したまえグァメ副団長… その『任務』が成功し…この計画が成功すれば、獣人騎士団を解散して獣人側に返してやろう…当然、戦争を私達は仕掛けない…今後一切、な…」
「………本当だろうな…?」
「私の『言葉』は決して裏切らない…君が望むなら、更に報酬を上乗せしても構わないが…?」
「………分かった…やってやるよ」
「『期待』しているぞ…グァメ副団長?」
「カン違いすんじゃねぇ…あんたのためじゃなく…『団長』のためだ… 俺は…『団長』のために全てを懸ける…あんたのためじゃねぇ…!」
「クックックッ………『契約』成立だな…」




