友と悪
とある日の午後、アレスが剣を振っていると1人の男が近づいてき、声をかけてきた
「よ! 今日も修行してんのか?」
「シード! 今日も修行付き合ってくれ!」
「…相変わらずだなお前は…」
呆れ顔で小さくため息をつく少年の名は白鷺 シード
アレスよりも1つ年上で身長も5㎝ほど高いその人間の少年は、薄い短い茶髪を左手で掻いたあと、右手で背中に携えた自分の身長よりも少しだけ短い長槍を持ち、ブンブンと振り回したあとそれをアレスの前に突き出した
「俺の槍は木製だ。 刃が付いていたら、お前がケガしちまうからな。 修行したいなら、お前も木刀持ってこい。 どっちかがケガなんかしちまったら、トレスさんとアリスさんとアリアに言い訳しようがねぇからな」
「よーし! 今日も勝ってやる!」
「今日はだろ?」
やがて、2本の木の棒がぶつかる音が辺りに鳴り響いた頃、家の中から2人の女性がその音の主について会話をし始めた
「あ…シードさんとお兄ちゃんがまた修行しているね、お母さん」
「えぇ…シード君には悪いけど、アレスにとってはいい修行相手ね」
「でもシードさんも、『俺の出来の悪い弟みたいなもんだから、別に気にしない』って言ってたよ!」
「…とりあえず、褒められてないことはわかったわ」
「あ、そうだ! 2人にお茶持っていってもいい? きっとのど渇いていると思うよ!」
「そうね…いいわよ。 でも、この勉強が終わってからね」
そう言うと、2人は勉強を再開した
この世界に学校は存在する
しかし、義務教育のようなものはない
よって、入学をするしないは自由である
トレスとアリスは自分達の経歴から、自由に生きてほしいと思い、また、アレスとアリアは学校よりもその両親から学びたいと言い、まさに家庭教師のような教育環境となった
一方シードは、学校には通っているが今日は日魂日であるため休校である
「おい、アレス! 剣術修行もいいが、頭もちゃんと鍛えてんのか?」
槍を振り回しながら、シードが問う
「ちゃ…ちゃんと勉強してるよ! 九九も覚えてるよ!」
剣で槍を防ぎながら、アレスはそう答える
「ほう…? なら先週の水魂日に学校で出た問題だが、こいつに答えられるか…?」
ニヤっと笑いながら、その問題とやらを出そうとする
「え…? どんなもん
『どんな問題だ?』そう言いきる前に、シードが右手に持った槍が忽然と消えたかと思うほど速く動き、いつの間にかアレスの頭に『ゴンッ』と小さくも鈍い音をだして当たり、言おうとした言葉をかき消した
「いっっっっ……てぇぇぇ!!!」
アレスは右手に持った剣を離し、両手で頭を押さえて地面を転げ回る
その様子を見て、シードは声高らかに笑う
「おいおい… 今のが真剣だったら確実に死んでるぜ? いつも言ってるだろ? 集中力を切らすなって」
「いっ…今のはズルいだろ!? 卑怯だぞ! 卑怯!」
「それこそいつも言ってるだろ? 俺は、勝つためなら手段を選ばない。 それが白鷺シードなんだよ」
「な…なんだよそれ…」
「お前はこんな町外れの所に住んでいるから知らないかもしれねぇが、町じゃこんな騙しは日常茶飯事だぞ? そんなんで世界を回ろうなんて100年早ぇんじゃねぇか?」
「いーや! シードが卑怯なだけだ! だいたい…」
2人がギャーギャー言い争っても、咎める人は近くに誰もいない
何故なら、彼らの回りには森が広がっているからだ
アレス達の住む家は町外れの森の中にひっそりと建っている
トレスとアリスが少々特別であるため、町中ではなく町外れに住むことになった
もちろん、2人がそれを望んだことである
それには、子供達に広い場所でのびのびと育ってほしいという望みもある
シードは、そんな彼らがどのような生活を送っているか気になって見にきた所、アレスやアリアと知り合ったらしい
「シードさんお疲れ様! はい! これどうぞ!」
アリアが丸いお盆の上から、2つあるお茶が入ったコップの1つを差し出した
どうやら勉強とやらが終わったらしい
「お、サンキュー!」
シードはそれを受け取ると一気に飲み干した
やがて、アレスももう1つのそれを飲み終ると、3人の会話が始まった
「アリアはもういくつになったんだ?」
「わたしは12才になりました! でも、もっといっぱい勉強しないといけませんね… 立派な大人になれるか不安です…」
「いや、もう充分立派さ… お前さんの兄の方が俺は心配だね」
「俺は大丈夫だよ! もっと強くなって、勉強なんかよりも大事な、父さんの秘密を知りに行くんだ!」
「アレスさんの、英雄と呼ばれる理由… それを知るために世界中を巡るっていうあれか…」
「そうさ! そのために俺は強くなる! 帰ってきたら、アリアにも話してやるからな!」
「わたしもすっごく気になる! 帰ってきたら、ぜったい教えてね!」
「…おいおい、それは無茶な話しだろ?」
「俺は本気だぞ!?」
「あのな… お前はまだ14才のガキだ。 世界中を巡る巡らない以以前に、世界を知らなさすぎる。 世界どころじゃない、世間を知らないんだ。 15のガキの俺が言うんだ、間違いねぇ」
「そんなことない! 俺はもう九九とか…」
「なにより、お前の力をつける理由が間違っている」
「???」
「お兄ちゃんの、力のつける理由…?」
「知ることのために努力をしても意味がねぇ。 そしたら、目的のもんを知っちまったらもうそこでおしまいじゃねぇか? アレスさんの秘密を知ったら、そのあとお前はどうするんだ?」
「それは…え~っと…」
「そうだ。 知ったらもうお前は努力しない。 先の見えない目標は無謀だが、手の届く目標は掴んだ時点で消え失せる。 つまり、目標は建て続けることが大事なんだ」
「つまりシードさんは、『別の目標を見つけろ』っていうことをお兄ちゃんに言いたいんですか?」
「ああそうだ。 ただし、目標じゃない。 何になって、どうしたいかだ。 知りたいから旅にでるなんてのは曖昧すぎる。 大事なのは『決意』と『意思』だ」
「…」
「ま、今は深く考えても仕方がねぇ。 どっかでそれを見つければいいさ」
「シードさん…大人ですね…」
「これでもお前らよりかは数年長生きだからな。 人生のアドバイスぐらいはできるぜ?」
「なら…俺にもアドバイスをして欲しいねぇ………」
―――瞬間、背筋がゾォっ…とするような、低くて冷たい声がした
3人は一斉に、その声が聞こえた方向へと振り向いた
そこには1人の男が立っていた
両腕をだらぁん…と垂らし、目が見えないぐらい長い髪のせいで顔が見えず、表情がわからない
身長は、腰を曲げて前屈みになっているため分かりにくいが、その状態でシードよりもやや高いように見える
暖かい気候にもかかわらず古めのコートを着てる様子から、観光客や旅行者でないことは子供でもわかる
この男が何者かわからないがただ1つだけ分かることがある
彼が右手に持つ短剣と、彼が発したこの言葉で―――
「君達………あの英雄の子供かい?」
その瞬間、3人は理解した
それと同時にアレスとシードは、先程までぶつけあっていた木製の剣と槍を持ち、構えた
だが、その男は既にこちらに走り出していた
剣と槍が男に向かって降り下ろされる―――
ブゥン…と、空を斬る音が聞こえた
分かってはいた
この状況で、木製とはいえ武器を持つ男2人にわざわざ向かって行くことはない
だからこそ、この場で1番無抵抗で無力な人を狙うのだ
前方に、もう男はいない
振り向くと、アリアを左手で抱えこんだその男が、長い髪で顔が見えなくてもわかるぐらい、笑顔でいた
右手に持った短剣をアリアの首もとに突きつけ、方膝を地面につけて、笑顔でいた
「…この女の子…あの英雄の子供で間違いないかい?」
…誰も声を出さなかった
いや、今叫び声を上げれば、家の中にいるアリスに聞こえたかも知れない
だが、声を出せなかった
この男の放つ、圧倒的な負のオーラによって…
「待て…まてまてまてまて… 何か勘違いしてないか…? 俺はそんな犯罪者みたいなことはしないって…」
3人はさっき理解したことを思い出していた
「ほら…犯罪者ってさ… 自分が『悪』だと思って無いじゃん? いつだって自分が『正義』って思ってるでしょ? だって、自分がやることを正当化しないと、犯罪なんてやるわけ無いじゃん?」
この男のやろうとしてる事…
「でも、俺は違うから… 自分が『正義』なんて思ってないから… だってそうだろ?」
この男のような存在をなんと言うか…
「『悪』は、自分が『悪』だと思って行動するから『悪』なんだぜ?」
その男はそう言い終ると、アリアを抱えたまま森の中へと走って行った
残されたアレスとシードは、家にいるアリスに声をかけることもせず、その男を追いかけて行った
そう―――この男のような存在を、『悪』だと思いながら―――




