序章 ~夜明けの馬車~
魂世紀2022年 皐月 8ノ日 月魂日 午前5時10分―――
1台の馬車が町と町を繋ぐ、あまり整備のされていない街道を通っていた
「おい、兄ちゃん… そろそろ着くぜ? 起きな!」
馬車の手綱を引く商人が、馬車の荷車の中に向けて声を掛ける
「うん…んぁ…?」
「兄ちゃん目ぇ覚ましなって! こっちの坊主はもう起きてるぜ?」
「うお~っ! あれが海か~!」
坊主と呼ばれた少年は、荷車の上に乗り景色を眺めている
その少年の名は暁アレス
英雄を夢見て旅を始めた少年である
「なんだ坊主? 海を見るのは初めてか?」
「ああ! 俺、全然村の外に出たこと無かったから、海を見るの初めてなんだ!」
「そうなのか! だが、無闇に海に近付くなよ? 海は危険がいっぱいなんだぜ! 特にこの辺りなんだが…」
そんな少年と商人の話を微かに聞きながら、目をこすりその青年は昨日の事を思い出す
まだ寝ぼけている青年の名は白鷺シード
アレスを見守る事と、そしてとある『呪い』を解く方法を探す為に旅を共にする
そんな彼らがなぜ馬車に乗っているのかというと…
(えぇ~…と… たしか昨日…俺達は…)
前日 午後9時20分頃―――
「つ…疲れた… もうダメ…」
アレスは、木の根元に腰を下ろす
「アレス…十分休憩しただろ? 港町へ行くぞ?」
シードは少しふらつきながら、木に体重をかけて立っていた
「シードもフラフラだぞ!? 休んだ方がいいんじゃないか!?」
朝、隣町まで歩いて行き、途中、悪しき存在であるエニグマとの戦闘、昼には山賊達との激しい戦闘…そしてその山賊と裏で繋がっていた、町を守るハズの騎士達に追跡され、夜、2人の体力と疲労は限界を迎えていた
「…確かにな… だけど、ここで野宿なんか出来ねぇぞ…? 荷物もねぇし、退魔魂石もねぇし、エニグマがいつ襲ってくるかもわからねぇからな… 」
シードはゆっくり歩き、アレスに手を差し伸べる
「疲れているかもしれねぇが、止まってる場合じゃない… ほら、行くぞ」
アレスは嫌そうな顔をしながらも、手を伸ばしてシードの手を掴む
「うぅ… 町まであとどれぐらいなんだろう…」
「ヒーローになりたいやつがこんな事で弱音吐くなよ…」
「だってこんな
突如、アレス達に向けて光が照らされた
「「!?」」
夜明けの太陽の光ではない
明らかに人工的に作られた光が、森の中から照射されているのだ
アレスとシードは疲労困憊の状態でありながらも素早く体勢を整え、武器に手を掛ける
「…まさか…」
「ああ… 騎士かもしれねぇぞ…!」
2人に緊張が走る
そして、その光が明々と2人を照す
その眩しさに、武器を掴んだ手とは逆の手を目の前にかざす
「…!」
「おぉっ! ようやく見つけたぜ! 坊主達!」
ちょっと野太い声でアレス達に声を掛ける人物が、何か光る筒の様な物を向けている
「!? 誰だ!?」
思わず攻撃する事を忘れて、騎士には到底見えない彼に対して質問する
その人物は馬車に乗っていた
馬2頭に荷車を引かせたオーソドックスな荷馬車に乗り、少し多めの髭を生やして帽子を被り、馬の手綱を左手で持ち、右手にその光る筒を持っている
馬が引く荷車は、木製の四角い家の様な形をし、その天井四つ角の先端にはランタンがぶら下がっており、淡い光を放つ『石』が入っていた
そんな馬車に乗る人物は、優しい口調で語り掛ける
「大丈夫だ! 安心しろ! 『ハイトス』の宿屋の女将から、坊主達を次の町まで送ってってくれって頼まれた、ただの商人だ! そんな警戒しなくても、俺はおめぇらの敵じゃねぇ」
それを聞いて、2人の表情から徐々に緊張感が無くなっていく
「だから安心しろっての! …ん? どうした? 何ボーッっとしてんだ? 早く荷車に乗りな!」
「…」
シードは疑心に満ちていた
(本当に女将さんから頼まれた…のか? 本当に味方…なのか? 騎士共と繋がっているんじゃないのか?)
「…悪いけど、あんたの事
「ありがとう! おじさん!」
アレスはそう言うと、なんの迷いも無く荷車に乗った
「いいって事よ! …ホレ! 兄ちゃんも乗りな!」
シードは武器に手を伸ばし警戒しつつも、結局荷車へと乗ったのだった
商人は2人が荷車に乗った事を確認し、馬車を走らせた
数分後、暗い森の中を通りながら、商人は2人に語り掛ける
「ところでお前さん達、港町に行って何すんだ? やっぱり『中央大陸』に行くんか? それとも、あそこの魚料理でも食べに行くんか? あそこの料理はウマイからな~! どうなんだ?」
くるりと商人が荷車の方を見ると、2人は既に寝てしまっていた
あれほど警戒していたシードですら、疲労には勝てなかったらしい
やはり2人は、体力の限界を越えていたようだ
「んぁ? 寝ちまってら…」
そんな2人を乗せた馬車は森を抜けて、あまり整備のされていない街道を突き進んで行った
(あぁ…そうだ… そうやってこの馬車に乗ったんだった…)
シードはゆっくりと立ち上がり、荷車の中を移動して商人の元へと歩み寄った
「あの…ありがとうございます…」
軽く会釈をし、礼を言う
すると商人は大きな声で笑う
「ガッハッハ! いいってことよ! 俺もあの港町に行く予定だったしな! それに、ハイトスの町に居た山賊も倒したらしいじゃねえか? あいつら、前に俺の商品も盗りやがったしな! 兄ちゃん達には感謝してんだ! これぐらい当然ってことよ!」
再び笑う商人を見て、シードは申し訳ない気持ちでいっぱいになる
こんな善意の気持ちで乗せてくれたと言うのに、シードは疑心暗鬼になって、その思いやりの心を踏みにじろうとしてしまったのだ
「すいません…ありがとうございます…」
その謝罪の言葉には、そんな気持ちが込もっていた
するとヒョイッと、荷車の上から中を覗くように頭を出したアレスが、テンション高めで話し掛けてきた
「お! シード! ようやく起きた?」
「お前が早すぎるんだよ…」
シードは欠伸をしながら、アレスに対して答える
「ねぇおじさん! まだ着かないの?」
「おまっ… もう少し礼儀良く出来ねぇのか…?」
「ガッハッハ! まぁまぁいいってことよ! それより坊主! ホレ! あれを見てみな!」
商人が右手をあげて、空を指差す
すると水平線の境界から、輝かしい光が暗闇を照らし始めた
『夜明け』…
長かった1日が終わり、新しい1日の始まりを告げる…そんな太陽が昇る瞬間を、3人は眺める
「太陽が…」
「ようやく夜明け…か… 長かったな…」
アレスとシードは感慨にふける
「アレス…これからだぞ…」
「うん… まだ、始まったばかりだもんな…」
アレスは決意を抱く
(ヒーローになる旅はこれからだ…! 必ずヒーローになるための『力』と『資格』を手に入れる! そして…父さんが『英雄』と呼ばれた『理由』を…探しだしてみせる!!)
同じく、シードも決意を抱く
(アレスが『ヒーロー』になるために…俺がしっかりサポートしねぇとな… そして…アリアにかかった正体不明の『呪い』を解く方法を…探しだしてみせる!!)
2人が決意を新たに抱くと、商人が笑いながら声をあげる
「おぉっ! 坊主達、見な! 港町が見えて来たぜ!」
朝日を見ていた2人が正面を見ると、そこには少し小さいが港町があった
沖にはこんな時間にも関わらず、船が一隻微かに見える
港町に点々と存在する街灯や家々の照明により、この港町の大きさが推測できる
そんな薄明かりに照らされた港町を指差しながら、商人は自慢げに言う
「あれが俺達の目的地、漁船港町『カリーチャ』だ!」




