覚醒
木製の槍を持つその少年は震えていた
(くそっ…! ビビったら負けだ…! わかってんだよ、んなこと… けど… コイツに勝てる…未来が見えねぇ…)
男はシードを見据えつつ、小屋の中に落ちているナイフを1本拾い上げた
「…」
男がナイフをまじまじと見つめていると、突然、そのナイフの周りを淡い光が包んだ
「…!」
シードはその光ったナイフを見た瞬間に、これから何をされるのか理解した
理解したが、体が反応できなかった
正確に言えば、反応はできたが間に合わなかった
男はスッ…とナイフを軽く上に持ち上げると、ブゥン…!と音を立てて、ナイフを一直線にシードへと投げつけた
その飛んでくる刃物に反応はしたが、防ぎきれなかった
槍を素早く真横にして、先程短剣を防いだようにこのナイフも防ごうと思ったが、槍を前へと構えるよりも早く、ナイフがシードの腹部へ深々と突き刺さる
…はずだった
突如、1つの影が、シードへと飛んでくるナイフを払い落とした
ナイフと同じように、何かの光がその影を覆い尽くしているように見えた
が、淡い光ではなく、もっと力強い光がそれを包んでいた
その影は物体ではなく、人物であると気付くことに、そう時間はかからなかった
「誰…だ…?」
「…お兄ちゃん…?」
「何っ…!?」
シードはこの人物が誰かわからなかった
何故なら、シードの知っているアレスとは、姿も雰囲気も何もかも違ったからだ
光で包まれたアレスは、手に持っている木刀に同じ光を宿し、その目からは少年であることを忘れさせるような威圧感を放ち、『悪』を自称する男を凝視している
そして最も注目するべき所は、頭頂部に生えた獣耳である
さらに手をよく見ると、爪が伸びて、まるでヤスリをかけた付けヅメをしたかのように立派な爪が生えていた
尻尾こそ生えて無いものの、母親のアリスと似ている
いや、狼に似ていると言うべきなのだろうか?
「なかなか可愛い姿してんじゃねぇの?」
男は突然変わったアレスに動揺すらもせずに、冷静に話す
「お前…魂に獣を宿すタイプなのか… ま、どうでもいいか。 ガキ、怪我したくなかったらさっさと
男の言葉を遮るように、アレスは男に飛び掛かり、振りかぶった剣を降り下ろす
「!!」
ガキィィン!!
男は咄嗟に、短剣でそれを防ぐ
「ッ!」
アレスは間髪入れずに、左手…特に爪に対して光を多く纏わせ、男に向けて引き裂くように降り下ろした
男はそれを、自身の体を仰け反らして回避する
と同時に小屋の中へと後退して、アレスとの距離を取ろうとする
アレスはそれを見ると、地面を蹴って男との距離を詰める
「やるじゃねぇか!」
男は笑いながら、短剣を高速で何度も振り、アレスを仕留めようとする
だがアレスは、短剣の動きを完全に見切り、回避する
そしてその攻撃の合間を縫い、剣を下から上に、上から下へ、斜めに振り下ろしたりして反撃する
アレスの急激な変化に戸惑ったのか、アレスの攻撃を、男はギリギリでかわしていく
「この…!」
アレスがやや優勢で、その攻防が続く
その様子を、小屋の外からシードとアリアが見守る
「…あれ…本当にお兄ちゃん…?」
「あぁ… 間違いないな…」
「お兄ちゃんの体…どうしてお母さんみたいに…?」
「アリスさんは… 確か狼族の獣人だったな? 多分、その影響だろうな」
「そう言えば昔、わたしやお兄ちゃんにも狼の力があるかもって、お母さんが言ってた気がする…」
「その『力』が、今目覚めたってことか…?」
「それにお兄ちゃんの体… どうして光ってるんですか…?」
「あれは『ソウル』だな」
「『ソウル』?」
「言い換えれば、魂の力だ。 俺たち人のみならず、この世界中の全生物には魂が宿っている。 魂は生物の細胞や肉体そのものにエネルギーを発生させる力がある。 そしてそのエネルギーを、人は『ソウル』と命名した。 ソウルは、物体に纏わせれば鉄のように硬く、人体に宿せば筋力増強、硬質化、自然治癒能力活性化などの効果がでる。 今、アレスを纏っているのがそのソウルだ。 だが、ソウルは鍛えたり普段から使わないと強くならないはず… 少なくとも、いきなり使えるようになるなんて聞いたことないぞ… 魂を奮い立たせる何かが、アレスを襲ったのかも知れないな…」
「お兄ちゃん… わたしも、何かしないと…!」
「ムダだ… この攻防に入っても邪魔になるだけだ… 今は、アレスを信じるしかねぇな…」
「…」
「信じろ… 信じて待つのも大切だ…」
「お兄ちゃん… どうか負けないで…」
アリアは両手を合わせ、祈るようにその戦いを見守った
だがシードは、何も出来ない自分が悔しいのか、手を血が出るのかと思うぐらい強く握りしめていた
(…俺は… 俺は何も出来ないのか…?)
―――アレス視点―――
―体が…自分のものじゃないみたいだ…
動きたいように体が動く…!
さっきまで、動きたくても動けなかったのに!
コイツの動きが、良く見える…!
左上から右下に、剣を降り下ろしてくる…
左下に体を低くして回避…!
そこから右上に向かって剣を振り上げる!
…!
少しかすった…!
もう少し… 次は踏み込んで…
!!
突っ込んでくる!
剣を真っ直ぐにして…突っ込んでくる!…
…汗…
コイツ、さっきまでの冷静さを無くしてるのか…?
なら、もっと速く…!
速く動いて、考えさせる暇を与えない!!
真上に…飛ぶ!!
そして… さっきコイツがやったみたいに…
天井を…蹴る!
「うぉあああぁぁぁっっ!!!」
「ぐぉうっっ…!?」
天井から突っ込んできたアレスの、『ソウル』で強化した木刀による渾身の一振りを防ぎ、男は後ろへとのけぞる
よろめきながら、男は床に方膝をつく
「お前…なかなかやるじゃねぇの…!」
「ハァ…ハァ…ハァ…」
「だけど…限界みてぇだな?」
急激な高速移動、異常な肉体変化、突然のソウル発動…
それらが重なり、アレスの体が平気なはずがなかった
体力の限界が近づき、アレスは考える
(一撃だ… もう次の一撃で決着をつけないと… 俺がもたない… 狙うべき所は…崖! コイツを、あの壁ごと吹き飛ばして、崖に落とす…! それしか方法がない…!)
アレスは、ありったけのソウルを剣へと集め、上へと掲げる
「これで…終わらせる!」
男も、短剣にソウルを徐々に集めていく
「来いよ…! お前の全力を… 俺の全力で止めてやるよ…!」
2人のソウルが高まり、空中でぶつかる
そして―――
「「うおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」」
アレスは、残る自分のソウルを極限まで集約した剣を、突撃しながら降り下ろす
そして男は
「なんてな」
スッと左手を前に出すと、アレス達を覆う薄青いソウルとは全く違う、真っ黒なソウルを手から放出した
アレスはそれを回避することができず、まともに喰らってしまい、小屋の床に仰向けで倒れこんでしまう
「ぐはっっ!」
直ぐに起き上がろうとするが、天井付近に何やら黒い塊が見えた
それはすぐに形を変えていき、人の腕になっていった
腕の形になった瞬間、それはアレス目掛けて落下してきた
避ける間も無く、腹部に直撃する
「ッッッ!!」
あまりの威力と今起きたことへの衝撃により、声が全く出なかった
「ハハッ… やっぱまだガキだなぁ…オイ! そんな攻撃、マトモに受けるわけねぇだろうが! 単純で純粋で分かりやすいんだよ!」
男はアレスを指さし、意気揚々と笑う
「く………おっ………!」
アレスはまだ、上手くしゃべることが出来ずにいた
「おいおい… 卑怯だとか騙したとか言うなよ? 『戦い』ってのは、命のやりとりだ。 騙す騙さない以前に、『生きる』か『死ぬか』だろ? それだけだ。 それに何より…」
男の短剣に、アレスを吹き飛ばし、アレスの腹部を直撃した黒いソウルが集まっていき、短剣を覆うソウルが伸びて長剣と言っても差し支えないほどの長さへと、変貌を遂げた
「『悪』は、平気で嘘をつくから『悪』なんだぜ?」
その瞬間、アレスに向けて、剣が振り下ろされた―――
だが、そこに1つの影が、仰向けに倒れたアレスに覆い被さった
その刹那、その影がおそらく剣であろう物を振り上げて、男の振り下ろした剣を弾いた
「っあぁ!?」
男もこれには驚きを隠せず、後ろへと距離をとる
だが、アレスがその影の正体を知る前に、男がそれに気付く
「ようやく会えたなぁ… 英雄さんよぉぉ!」
そこには、今なお英雄と呼ばれるアレスの父―トレスがいた
「待たせたなアレス… 英雄参上…てか?」




