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ヒトではない彼女を  作者: 窓井来足
第四章
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第四章 その2

隣がどこまで知っていて、どこまで考えているのか。

そんなことを考えながら喫茶店で会話をする彩ですが。


果たして、二人はどうなっていくのか。

第四章 その2


「ど、どうとは?」

「だって、藤若君、ソキウスと仲良くしようと考えているんでしょ?」

「え? あ、うん」


 ああ、そういうことか。

 僕はてっきり河勝さんが、三組に転校してきたソキウスの女子に僕が恋愛的な意味で興味あるのかと聞いているのかと思ったが、よく考えると彼女は別に僕の好みを知っているわけじゃあなかったな。

 とはいえ、仮に河勝さんが僕の好みを知っていようがいまいが、僕の答えは昨日香にしたのと大差はない。


「でも、興味本位で近づいたりしたらあっちも迷惑だろうからね。特にどうしようっていうのはないな」


 僕は河勝さんにそう説明する。

 河勝さんも僕の意見に、


「でしょうね」


 と同意した。が、すぐに、


「あ、そういえば」


 と、何かを思いついてきた。一体、今度は何だろうか?


「世の中にはソキウスは多重婚が認められているって理由で、二股とかオーケーだと思って近づく男も多いって聞くけど、あたしはそういうのどうかと思うな」


 ああ。そのことか。

 確かに、世の中にはそういう目的でソキウスに近づく男性もいるという。

 不届き千万なことにそういう男の大半は、ソキウスとしての彼女たちではなく、ヒトに擬態した状態の彼女たち目当てなのでより一層たちが悪い。

 そんな連中と僕を一緒にされては困るので、


「え……いや、僕はそういうのじゃあないからね」


 と僕はこちらの方にも以前香に言ったのと変わらない返答をする。

 ただ実際の所、じゃあ多数のソキウスと同時に付き合っていいと言われたらどうするかといえば、それはまあ、付き合っちゃうのも悪くないかもななんて思ったりはするけれど。

 僕の場合、仮に一対一で付き合うとしても、ソキウスの女子を選ぶのでいわゆるハーレム目当ての男子ではないのである。

 だから、ここで「そういうのじゃあない」と言うのは嘘にはならない……はずだ。


「あら、そう?」

「え、ええと……まあ」


 嘘にはならない。はずだ。

 はずだが……改めて聞かれると「何人もの女の子と付き合えたら嬉しい」という気持ちがないわけでもない。

 いや、これは多くの男性が多少は持っている願望ではないだろうか? それを一切無いと否定するのは何か卑怯な気がする。

 なんて、僕が考えていることを知って知らずか河勝さんは、


「……ならいいんだけど」


 と言った。

 その目は何というか、漫画とかならいわゆるジト目というヤツで表現されるんだろうなあと思える目つきだった。

 ジト目のキャラクターは好きだが、現実で実際にやられるとかなり困るな、これ。

 などと、気まずくなった僕は話題を変えるつもりで、


「さ、さて。もう食べ終わったみたいだし、お金は僕が払うとして――」


 と勘定を支払う準備をする。が、


「藤若君?」


 と河勝さんが僕の名前を疑問系にして呼んできた。

 こ、今度は何だろうか?


「別に男子が奢る必要性は無いと思うんだけど。今時そういうのはどうかと思うし」


 ……なんだ、支払いのことについてか。

 確かに、男女で食事に行ったら男が奢るなんて、古臭い価値観だな。噂だと未だにそんな価値観を持っているという女性もいるとは聞くけど、河勝さんはそういう類の人間ではないようだ。

 ならば、別に僕が全額払う必要性は普通ならない――のだが、僕の場合は、


「いや、これは良い店を紹介してもらった礼だよ」


 と、こういう理由で僕はお金を出そうとしているのだ。

 だからもし、僕と河勝さんの性別が逆でも普通に自分の方が払ったのである。

 なので河勝さんの提案はありがたいが、ここはやはり僕が支払おうと思い、鞄から財布を取り出そうとしていると、河勝さんは、


「そう、でもそれじゃ、あたしのお礼にならないでしょ」


 と言ってきた。


「え?」


 お礼?


「だから、この前保健室に送ってくれたお礼」

「ああ、それは……」


 そういえば、今回ここに誘われたのはそういう目的だったな。

 あれはもう二ヶ月近く前のことだし、それに僕が無理をいってついて行ったという感じになってしまったので、ついつい今回のがあれに対してのお礼だと言うことを忘れてしまっていた。

 ん?

 もしかして、だからこそ多少値段の高い特製フレンチトーストを僕に勧めたりしたのか?

 お礼をするなら安いもので済ませるというのではなく、多少値が張っても自分が好きなものを勧めるというのは河勝さんは中々いい人なのかもしれない。

 そう、僕が河勝さんが何故フレンチトーストを勧めたのかについて考えていると、河勝さんが、


「大体、今回の代金、全部で二千円近くするのよ? なんでそんな気前よく払えるわけ? 綺麗なお金なんでしょうね?」


 などと訊ねてきた。

 二千円ね。確かに普通の高校生なら多少、急には払うのをためらうような金額――なのだろうか?

 僕も、親しい友人の香もバイトをしているから、収入が普通の高校生よりは多少あるので、この辺りの感覚がよく分からないのだが。なんて思いながら、僕は、


「大丈夫、綺麗にした金だよ」


 なんて何気なく思いついた冗談を口にした。

 これは中々、面白い発言だろう。と、思ったのだが、


「………………」


 しらけた。

 いや、もしかして本当に僕がいかがわしい方法で金を手に入れて、それをマネー・ロンダリングでもしたと思われたのか。

 それはまずいな。


「あ、いや。それは冗談で。本当はバイトで稼いだお金だよ」


 僕は慌てて、正直に稼いだ方法を白状する。すると河勝さんはそれに対して、


「バイトって、うちの高校バイト禁止されていたはずだけれど?」


 と指摘してきた。

 確かにうちは一応ギリギリレベルでだが進学校を名乗っている関係もあって、バイトは基本禁止だった。

 だが、「基本禁止」ということはそれに当てはまらないものもあるのだ。


「大丈夫だよ。バイトっていうのはイラストを描く仕事だから」


 僕のやっている仕事というのは、主に動植物のイラストを描くことである。

 このイラスト、かなり好みが分かれる絵柄なのだが、ありがたい事に一部に熱心なファンがいてくれるらしい。

 そのため、僕は高校生でありながら絵で多少収入を得られる立場にいたりするのだ。

 で、なんでイラストを描く仕事だと大丈夫なのかといえば、


「もしばれたら『表現の自由』を理由に教師を説得するつもりだから大丈夫」


 ということである。

 まあ、イラストレーターとしての名前は本名ではないので、そもそもばれる可能性はほとんどないのだが。仮にばれても、言い訳はできるぐらいにあれこれ知識はある……つもりである。

 ちなみに。

 香の方も学校に知られても問題のないバイトをしている。と、いうより厳密にいえば彼の仕事はバイトではない。

 彼の仕事、それは実家の喫茶店の手伝いと、新メニューの考案である。

 そしてその収入は「お小遣い」と言う形で親から渡されているのだ。

 流石の学校も「実家の手伝い」や「お小遣い」を問題にすることはできないので、こっちはこっちでばれても大丈夫というわけだ。


「ふうん……って、絵で収入を得ているの? それってプロってこと?」


 僕の仕事について気になったらしく、河勝さんは興味深そうな顔をして訊ねてきた。


「まあ、そう言えないこともないね」


 自分としては他人にプロと名乗れるほど偉いものではないと思っているけれど。一方で「収入を得て絵を描いているのだからプロとしての自覚を持つ必要はある」とも思っているので、ここはどっちつかずの曖昧な返事になってしまうのだが。

 まあ、プロと言えばプロだろうか?

 これは難しい問題だ。

 なんて、僕が悩んでいると、


「じゃあ、藤若君が美術部や漫画部に入っていないのってプロとしてアマチュアとやる必要性は無いから……とか?」


 と河勝さんは更に僕について質問してきた。

 なるほど。僕が美術部や漫画部に属していないのをそういう風に取らえる見方もあるのか。

 それは中々、興味深い考え方だな。

 だが、僕はそういう上から目線で他人の創作物や創作活動を見る人間ではない。

 その辺りはちゃんと説明しておこう。


「いや、そんなことはないよ。大体、今のご時世、アマチュアにもプロ顔負けの絵描きさんがいるのは普通だし。それに」

「それに?」

「仮に僕がプロの作家と名乗れるレベルなのなら、これからの時代、むしろ積極的にアマチュアの作家さんとは交流していくべきだと考えているしね」

「そうなの?」

「イラストとかってアマチュアがいて成り立っているような業界だからね。そこを大事にしないといずれ業界全体の絵のレベルが低下すると思うんだよ」


 まあ、これは絵に限らず、文化芸術方面全般に言えることだと思う。

 少なくともアマチュアの人達を蔑ろにした、専門家による専門家のためだけの文化芸術なんて僕は興味がないしな。


「へええ……そんなことまで考えているんだ」


 僕が単に絵を描いているだけではなく、あれこれ考えていることに河勝さんは感心してくれているようだった。


「まあね。絵描きならそのぐらいのことは考えていなければならないと思うし」


 僕は河勝さんに、さも当たり前だといった様子でそう告げる。

 更に言えば、今の時代は絵描きでも音楽や小説なんかのことまで考える必要があるとも思っている。

 これは芸術方面での表現の多様化といい、サブカルチャー方面でのメディアミックスといい、自分の専門分野だけしか視野を持っていないと新しい表現に対応できなくなくなる可能性があるからだ。

 こういった傾向が近年強まったのは、趣味の多様化とか、技術の進歩とか、高度に情報化した社会とか、その辺りが関わっている気がするが……なんて、僕が脳内で考察していると、河勝さんが、


「じゃあなんで藤若君は生物部に入っているの?」


 と訊ねてきた。


「あ、それは大した理由じゃないよ」

「何?」

「うちの学校の美術部と漫画部は女子ばかりでね。入りにくかったんだ」

「ああ、そういうことね」


 そう。女子ばかりの所に男子が少しだけなんていう状況を楽しめるのはノーテンキラキラのナンパ男とかそれぐらいのもので、普通は肩身の狭い思いをするのである。

 ついでにいうと、香が生物部にいるのも僕と同じような理由である。

 ヤツは茶道部に入りたかったらしいのだが、これまた女子ばかりの部活だったので、僕が生物部に誘うまで帰宅部をしていたのだ。

 ちなみに、現在では茶道部に居合道を嗜む、渋くてカッコいい女子生徒が入部し、彼女の影響で何人か男子も入ったらしいのだが。

 それは香が茶道部を諦めた後なのであった。


「で、生物部にした理由は生き物が好きだからというのが一つ。それと」

「それと?」

「先輩が全員卒業した後で、部員が誰もいない状態だったから自由に部室の生物室が使えたっていうのが一つ」


 実のところ、学校内に自由に使える場所があるというのはかなり便利なのだ。

 その上、生物部の顧問の先生は美術にも理解のある人で、部室で生き物の絵を描いていてもそれを部活動として認めてくれるのだからそれはもう、生物部に入るしかないというところだろう。


「あ、なるほどね」


 僕が生物部に入った理由に関して、河勝さんは納得したらしく、大きく頷いた。

 そして河勝さんはそのまま席を立ち、テーブルに比較的近い位置にあったレジに向かって行き、


「あの、会計は別々でお願いします」


 と店員さんに頼んだ。

 あ。

 長々と美術のこととか、部活のことなんかを話していたから忘れていたけれど、そういえば「誰が支払いをするのか」って話をしていたんだっけ。

 なんてことを思い出しながら、僕も席を立ち、レジで自分の分のお金を支払い、


「ごちそうさまでした」


 と店員さんにお礼を言ってから、河勝さんに続いて店の出口に向かったのだった。


 ☆ ☆ ☆


 さて。店を出ると河勝さんが、


「ねえ、藤若君? 今度の日曜暇?」


 と訊ねてきた。

 僕はスケジュール帳を確認する。

 来週、絵の締め切りがあるな。それに生物部として新入生歓迎会の準備もしないとならないし。

 そうなると今度の日曜は暇ではないか。


「ちょっと日曜は無理かな。忙しいんだ」

「そう、じゃあその次は?」

「その次ね、それなら大丈夫だよ」


 十九日の日曜は仕事はそんなに忙しくないし、新入生歓迎会も終わってるので、僕はそう答えた。


「じゃあ藤若君」

「何?」

「一緒に遊びに行かない?」

「え?」


 一緒に遊びにって、それは一体どういう意味だろうか?

 僕が不思議に思っていると、河勝さんは、


「あれよ、いわゆるデートってやつ。ほら、今日は結構楽しかったし」


 と言ってきた。


「デ、デート?」


 思わず聞き返す僕に、


「そ、デート。藤若君、別に彼女とかいないでしょ?」


 と言ってくる河勝さん。


「まあ、いないけど……」

「じゃあ決まりね。十九日。NR祭田(さいた)駅前のあの、くるくる回ってるオブジェの前で待ち合わせで」

「う、うん。そうね。それじゃあそういうことで……」

「あ、そうだ。ついでにメアド教えておくから、何かあったらよろしく」

「メアド……ああ、メールね」


 ロックバンドのドラムみたいな勢いのとんとん拍子で話を進めていく河勝さんに圧されながら、僕はスマホを取り出し、メールアドレスを交換する。

 しかし、メールでやり取りしたい辺り、河勝さんはSNSは使っていないのだろうか?

 なんてことを聞く余裕もなく、アドレス交換が終わると河勝さんは、


「よし、それじゃあ帰りましょうか。藤若君も駅の方に行くでしょ?」


 と提案してきた。

 ここで、普通の男子なら女子と一緒にいたいとか、そういう理由で河勝さんと駅の方に向かうのだろうが、僕は、


「いや、今日はちょっと用事があるんだ」


 と言って河勝さんの提案を断った。

 用事というのはその、さっき食事をしたばかりではあるのだが、ラーメンが食べたいというものである。

 いや、さっきのフレンチトーストは非常に美味しかったのだが。

 男子高校生が昼食代わりにするには多少量が足りなかったのだ。

 なので、僕はこの先にあるラーメン屋「めたり家」に行って、店長オススメの「ブラックらーめん」でも食べようと考えたのだ。

 とはいえ、河勝さんに対して、流石にラーメンが食べたいから一緒に帰らないと言うのはどうかと思ったので、ここは「ちょっと用事」で誤魔化しておくことにしたのである。

「あ、そう? じゃああたし帰るね。明日またね、藤若君」

 僕がラーメンを食べるためにここで別れることにしたとはおそらくは宇宙を漂う素粒子程度にも思っていないであろう河勝さんは、そう言うと、一人、駅の方に向かって行った。

 そんな彼女の背中を見送る僕は、ふと、あることに気がついた。

 それは「何で河勝さんは僕が生物部だということや、彼女がいないってことを知っているんだろうか?」ということである。

 これはやはりこの前、生物室を覗いていた人物が河勝さんということなのだろうか?

 だとしたら今回、お茶に誘ったのや、次のデートも、僕が河勝さんの秘密を知っているかどうか探るためなのかもしれない。

 多少気になるが……。

 まあ、そんなことは兎も角、腹が減ったし、ラーメンだ。

 そう思って僕はラーメン屋に向かったのであった。

こうして、デートの約束まで話は進みましたが。

さて、一体どんなデートになるのか……。

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