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ヒトではない彼女を  作者: 窓井来足
第二章
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第二章 その2

前回、彩と友人の香が話している時に廊下から聞こえたくしゃみ。

彩はその正体を確かめようとしますが……。

 第二章 その2


 僕と(こう)は同時に、入り口の方を見る。

 すると、ドアについている曇りガラスのはめられた小窓に、比較的小柄な人影が浮かんでいた。

 これは、僕たちの会話を誰かが盗み聞きしていたのだろうか?

 しかし、一体誰が?

 もしかして――

 気になった僕は、すぐに入り口の方に向かい廊下の様子を確認しに行く。

 だが、生物室は階段のすぐ側にあるため、既にその生徒は別の階に行ってしまったらしく、廊下には誰一人いなかったのだった。

 追いかけようかとも思ったが、人影が二階か四階、どちらに行ったか分からない。

 それに人影が向かったのが四階だった場合、そこには音楽室や美術室がある。休日でも部活動に来ている生徒の関係で人が多い場所だ。さっきの人影がその中に紛れ込んだ場合、発見するのは河原で無くしたウズラの卵を見つけるぐらいに難しいだろう。

 こうなると、あきらめるしかないか。

 そう思った僕が生物室に戻ると、香は僕の使っている青い萩焼のカップに珈琲を淹れてくれていた。


「まあ、飲め」

「あ、うん」


 僕は、香から勧められた珈琲の入ったカップを受け取り口にする。

 家で喫茶店の手伝いをやっているだけあって香の淹れる珈琲はかなり美味い。特に今回の珈琲は苦みと酸味のバランスが僕の好みで中々いい感じだ。

 僕がそんな感じで珈琲を味わっていると、香が突然、


「さっきのヤツ――お前に気がある女じゃねえの?」


 と訊ねてきた。

 いきなり妙なことを言われたので、僕は危うく飲んでいる珈琲を吹きそうになる。

 確かに、あの人影の体格だと女子の可能性は高いかもしれないが、だからといってどうしてそれが僕に気のある女子になるんだろうか?


「な、なんでそうなるのさ」

「いやあ、これでお前が高校に入って四人目かなあ? しかし(さい)、お前のこと、まだ諦めていない女子もいたんだな」

「いや、違うでしょ」

「違わないって。だってここには今、俺たちしかいないんだぜ? それで様子を窺っているってことはやっぱり好きな人がいるとか、そういうことだろ?」


 何がやっぱりなのか分からないがうんうんと一人で納得して頷く香だが。

 僕としては女子が男子しかいない部屋を覗く理由をすぐに色恋沙汰に関係あると決めつけるのはどうかと思う。

 第一、仮に香の予想通り、恋愛絡みの理由で生物室を覗いていた女子がいたのだとしても、その女子の目当てが香だった可能性だってあるじゃないか。

 香が遠距離恋愛をしていることを知っているヤツなんてほとんどいないし、それに仮に知っていたとしても諦められなくて様子を窺うヤツがいたっておかしくない。

 そもそも人影が小柄だったからって女子と決めつけるのもどうかと思うし。

 なんて僕が考えていると、香は「ま、覗いていたヤツが何の目的だったのかなんて、本当のところはわからねえけど」と断ってから、


「もし、さっきのがお前目当ての女子だったら可哀想だな」


 と言った。

 ん?

 あの話を聞いた女子が僕のことが好きだと可哀想なのか?


「何で?」


 気になって訪ねた僕に、香は「いや、当たり前だろ」といった顔をして、


「だって、お前がソキウス以外に興味がないってことも知っちゃっただろ」


 と指摘した。


「あ……」


 しまった。そういえばそういう話題を話していたんだったっけ。

 もしさっきの人物が僕の予想通り、正体がソキウスラミア属の河勝さんで、更に彼女が僕に正体を知られたかもしれないと疑って様子を探っていたのだとしたら。

 僕が河勝さんのことを、好みの異性として意識して、何か企てているんじゃないかと思われたかもしれない。

 それは非常に気まずい。

 ど。

 どうしよう。


「おい、彩。どうした?」


 声をかけられてはと気がついて香の方を見ると彼は、日程を間違えて明後日実施されるテストの内容を一夜漬けで勉強してきてしまった友人を見るかのような、心配そうな目つきで見ていた。

 このまま黙っていては香に僕が何かを隠していると感づかれるかもしれない。

 そうなると場合によっては保健室での一件を話さなければならなくなるだろう。

 いくら香が友人だからと言っても、河勝さんの正体を勝手に話すのはまずいだろうし。何かいい言い訳を――


「ああ、そうか。ソキウス好きってことを誰だか分からないヤツに知られたからショックを受けているのか」

「え? う、うん。まあ……」


 どうやら香は自分であれこれ考えた結果、そういった答えを出したようだ。

 まあ、ソキウスのヒト社会における珍しさを考えれば、まさか学校の生徒が正体を隠したソキウスだったなんて普通は思いつかないから、そういうような結論にたどり着くのは普通か。

 よし、このままその誤解に話を合わせよう。


「気にするなって。確かにソキウスや、それに惚れるヤツを悪くいうヤツもいるけど。世の中そういう差別的なヤツばかりじゃあねえし」

「そ、そうだよね」

「まあ、ソキウス好きをハーレム目当てだと噂するヤツもいるけどな」

「一応言っておくけど、別に僕はそういうのじゃないからね」


 ソキウスは種族によっては男性が産まれる確率が非常に低く、そのため古来から一夫多妻制を採ってきた歴史がある。そのため、現在の法的にもソキウスを相手にした場合、多重婚が認められているのだ。

 ただし、これは現代のこの国の社会にはそぐわないとして改正を求める動きもあったりするぐらいなので、実際に多重婚をしている人間はかなり希だったりするのだが。

 法的には可能というのを利用してフィクションの世界ではよく、ソキウスによるハーレムというのが描かれたりするのだった。

 まあ、これには他に「色々なタイプのソキウスを同時に登場させるための作者の都合」というのがあるのだが。それはともかく。

 ソキウスが好きなわけではない香もその辺りの事情は知っていたらしく、


「でも、ゲームとかではそういう展開が多いんだろ?」


 と指摘してきた。

 ただ、香のにやついた口元からすると、この質問は本気で言っているわけではなく、僕に対しての冗談のつもりのようだ。なので、ここは僕も、


「ゲームはゲームだよ。現実とごっちゃにはしないって」


 とごく当たり前のことをいって軽く流すことにする。


「そりゃあそうだよな」


 僕の意見に頷いた香も、この件については特にこれ以上話す気はないらしく、


「でも、まあソキウスの女子しか興味ないってのはどうかと思うけどな」


 と話題の方向をゲームとは関係のないものにしてきた。


「そうは言われてもねえ」


 確かに僕自身としても、ソキウスにしか興味がないのはどうかと思っている面もある。

 ソキウスであるというのはいってみれば身体的特徴であるわけで。それを異性として意識するかどうかの基準にしているというのは、他に例えれば「顔が可愛い」とか「スタイルが良い」のを好みといっているようなものだからだ。

 だけれど。


「これは感情的なものだから、そう簡単には変わらないというか、変えられないというか」

「だろうな」


 そう。理屈で問題かもしれないと思っていても、感情的なものはどうしようもないのだ。

 理屈で感情が簡単に変えられるというのなら、この世は今より平和かつ面白みのない世界になっているだろうが、実際はそうはなっていないわけで。

 つまり、それだけ感情というものは変えにくいものだというわけだ。

 なので僕は自分の好みが特異なことについて、問題かもしれないとは思っているものの、あまり悩んでも仕方がないことだと考えている。

 ただし。


「まあ、こんな好みがあるせいで僕には彼女とか、当面できそうにないけどね」


 特異な好みを持っているため彼女ができないというのは高校生の自分としては多少は悩みではある。

 いや、彼女できないという以前に。好きになれる相手がいないというのは結構色々な悩みを生み出す原因になっていたりするのだ。

 例えばこれが理由で「あいつは精神的に幼いから恋愛に興味がない」とか「実はそもそも女子に興味がない」なんて噂をたてられたりもするし。

 そういうのは結構、十代半ばの男子としては辛いものがある。

 なんて、僕が自身の過去を振り返り、「そういえば、中学時代、保健体育の性に関わる内容が理解できていないのではないかと教師に心配されたことが――」などと思い出していると。


「あ。それはお前の努力次第だと思うぜ?」


 と香が突然、そう言ってきた。


「え?」

「だって噂だとこの学校にも」

「この学校にも?」


 ソキウスがいる――とかだろうか?

 おそらくはそうである生徒なら僕も知っているけれど。まさか香も知っているのだろうか?

 香は噂とかに疎い僕と違って、そういうことに詳しいから、知っている可能性もあるけど――


「いや、これはあくまで噂だからな……やっぱ言うのはやめとくか」


 ちょ、ちょっと。そこで言うのやめるのかよ。 


「そこまで言ったんだから言っちゃおうよ。何か気になるし」


 まだ最終話になっていないのに主人公が死亡してしまった物語の続きぐらいに気になるんだけれど。というか、何故そこで言うのをやめたのかってところが更に気になる度を高めているんだけれど。

 そんなことを考えながら僕は目で「続きを話せ」と訴えたのだが、香は、


「気にするなって。どのみち本当なら近いうちに分かるさ――と、そろそろ五時だし。帰ろうぜ」


 と提案し、カップを手際よく片付けて、鞄を持って生物室から出て行ってしまった。

 どうやら香はこの件についてはこれ以上話す気はないらしい。

 仕方がない。香が言うことが正しければ近いうちに分かるって話だし。無理に聞き出すのはやめておこう。

 そう決めて、僕は香の後を追うようにして生物室を後にした。

 この時ふと、そういえば香が結局ラミア属をどう思っているのかということを聞き忘れたことを思い出したが。

 まあ、それもまた今度機会があれば話してもらうことにしよう。

さて、くしゃみの主の正体もわからず。

また香がラミア属についてどう考えているかもわからないまま終わりましたが。


こんな感じで、次回から新学期が始まります。

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