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Average  作者: 弓月斜
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転校生

 夏が終わり秋に近づき始めた九月の中頃、土屋空斗は夏休みも終わり、普段の生活を取り戻しいていた。要するに、昼夜が逆転していた夜中の世界から学校という素晴らしい規則によってようやく闇から抜け出せたのだ。

 というわけで、本日の目覚ましアラームが鳴った時刻は午前7時である。空斗は朦朧とする意識の中で三回ほどスヌーズ機能を使用してようやく起きる決心をした。(学校しんどい…)空斗は頭の中でこの言葉を反芻させた。


 部屋の中は薄暗く、灰色のカーテンからは太陽の弱々しい光が溢れていた。どうやら今日は曇りらしい。空斗は眠い目をこすり、ベッドから起き上がると、カーテンを開けた。すると、部屋全体が見られるようになった。自分で好き放題散らかした部屋はまるで泥棒に入られた後の部屋のようである。参考書と漫画、雑誌、ゲーム機が混ざって、どれがどれだかさっぱりだ。今まで、薄暗い部屋でパソコンの明かりのみで好き勝手に生活していたせいで、空斗の部屋はこの通りである。彼は呆れて言葉も出なかった。もう学校が始まって二週間以上経つというのに、一向に綺麗にならないこの部屋、いったい自分は何をしているのだろうか…彼は未だに夏休み中の天国のような生活が忘れられず、学校に行くのも毎日嫌々である。おまけに今日は一段と眠い… 


(それにしてもなんでこんなに眠いんだろう…)空斗は目を細めながら考えた。


 実は昨日の晩、明日の学校のことでなかなか寝むれず、寝たのは結局四時であった。あ、もちろん午前四時のことである。というのも、今日は前から言われていた転校生が来る日だからだ。

 しかし、何故転校生が来ることがそんなに気に掛かるのか?実は現在、空斗の隣の席にはここ三ヶ月間誰も座っていないのだ。しかも、驚くことに高校一年から二年の今の時期までに一週間以上座った人間はいない…それは、空斗の性格が悪いとかそう言う理由ではなく、座る相手に問題があった。


 最初に座った女子はとんでもなく静かでまるで魂が抜けたような少女であった。新学期早々彼女は他の女子から迫害され、たった五日で不登校になってしまったのだ。そして約二ヶ月後、二番目に来た女子は何処からどう見ても不良であった。ド派手に染め上げた金髪、ピアス、蛇の刺青…ここ青鸞学園は一応県立高校だが、さすがにピアスやら刺青やらは禁止である。そんな訳で、初日に言った先生の、


「篠山さん、刺青とピアスはちょっと…明日から髪も黒にして正装で来てください」


この一言で、次の日から彼女は学校を自主退学した。その後も全く非常識人ばかりが空斗の隣に数日間座ったが、あっという間に消え去っていった。


「今回も…どうせややこしい奴だよ絶対、この前の奴なんか…」


 空斗は登校中、曇り空を見上げながら一人でつぶやいていた。この前、隣に座っていた男子が起こした悲劇を思い出していたのだ。そいつは合法ドラックの密売人兼、使用者であった。危うく空斗も騙されて買わされそうになったのだ。まあ、その前に彼は学校側に見つかり即退学処分されたが。そんな不安を抱えつつ、空斗は青鸞学園の校門をくぐった。学校に着いた途端に生ぬるい雨が降りだした。


「今日、雨降る日だったっけ」


傘を家に忘れた空斗は肩を落としたまま教室へ向かった。


「よっ、くうちゃん」

 

 教室に着くと、友達の徹夜が脳天気に話しかけてきた。徹夜とは中学校の時からの親友である。彼は身長が180センチは超えている大男である。髪の毛もワックスとやらでツンツン立っているせいでより背が高く見える。是非ともその身長10センチは頂きたいと身長164センチの空斗は日々思っている。しかも彼曰く、まだ伸び続けているらしい。身長は除いてなんとなく似ている空斗と徹夜は高校受験において偶然頭のレベルもほぼ同じだったので、せっかくだからと一緒にこの高校を受験したら、二人とも合格したのだ。クラスも偶然二年間同じという…見えない何かがこいつとはある気がすると空斗は考えている。


「徹夜、助けてくれよー。今日からまた悲劇が始まるよ…」


「あ、もしかして今日来る転校生のことか?」


「そうに決まっているだろ、今度こそ普通人が来て欲しいものだよ…いっそこのまま隣人無しがいいんだけど…」


「なあに、まだ非常識人が転校してきたって決まった訳じゃないやろ。もっとポジティブに考えようや。今回は女子だし、もしかしたらめっちゃ美人かもしれへん…」


徹夜は得に関西で育ったわけでもないが最近、関西弁に憧れて真似して遊んでいるうちに癖になったらしい。空斗もここ数ヶ月間で、徹夜の関西風な口調にも慣れてきた。


「こんだけ俺の境遇を見てきてお前、よくもそんな確率0.001%以下のことを言えるよな」


やがてチャイムが鳴って担任の籠橋先生が教室に入ってきた。籠橋先生は来年定年退職をする、感じの良いおじいちゃん先生で、髪の毛の色はシルバーグレーである。噂によると、休日は欠かさずスポーツジムに通っているらしい…見かけによらず怒らしたら危険そうだ。

その後、起立礼が行われて、先生が話し始めた。


「皆さんおはようございます。さて、今日はこの二年C組に一人転校生が来ます」


先生はそう言うと廊下に出ていった。廊下にその子は既にいる。この上ない緊張が空斗の全身を貫く。心を落ち着かせるため、空斗は大きく深呼吸をした。

約一分後、彼女は先生に連れられて教室に入ってきた。


「紹介します。こちら、平岡真純さんです。彼女は石川県から来ました。では、平岡さん自己紹介をしてください」


 教壇に立った彼女は不良でも無く、いたって普通の外見をしていた。髪の毛は肩に付く程度で色は黒、身長も165センチ前後でさっぱりとした感じの少女であった。彼女は少年とも捉えることもできるボーイッシュな容姿をしていた。しかし、どこかで見たことのあるような気がする…と空斗はその時なんとなく思った。とにかく彼女はどこにでもいそうな女子高校生であった。


「今日から青鸞学園に転校することになった平岡真純です。私は石川県から来ました。これから半年間よろしくお願いします。趣味は色々あるのですが音楽とスポーツが好きです」


簡単な自己紹介が終わって、先生は一つ空いた席へ彼女を誘導した。その空席とはもちろん空斗の隣の席である。


「よろしく」


彼女はそう言って、空斗の隣席へ座った。


「あ、ども」


空斗は今までのパターンとは違うかもと思っていた。今回の隣人は普通の人に見える。今までのほとんどが外見で異常者と直ぐに分かったからだ。しかし、この前の合法ドラック密売人も外見は普通だったので今回も気は抜けない。


一時間目の数学の授業が終わって、休み時間になると空斗の隣の席は女子達の山が出来上がっていた。


「ねえねえ、平岡さんってどの辺に住んでいるの」


「前の学校では、何部に入っていたの」


「テニス部とかどう」


「いや、真純ちゃんはバスケでしょ」


「いいや、合唱部でしょ」


「間をとって美術なんかどう」


「真純ちゃん、って呼んで良い?」


様々な質問の嵐。皆、転校生に夢中である。特に、部活の勧誘において。


「くうちゃ~ん、良かったじゃんか、今回は大丈夫そうやでぇ」


後ろから、アクロバティックに登場した徹夜は笑顔でそう言った。


「うん、まあ…今回で俺にかかった呪いも溶けた様だよ…」


「呪い?まあ確かにな、今までお疲れさん」


「ははは、本当大変だったんだからな」


「でも、つまんないなぁ、これで悲劇の席っていう肩書きが無くなるなんて」


「おい、お前。まさか他人の不幸は…」


「蜂蜜っ、蜜の味ってか」


「ふざけんな」


空斗はへらへら笑っている徹夜のツンツンしている髪の毛を思いっきり引っ張った。


「いてっ、やめろってぇ…」


右目をギュッと閉じながら空斗の手からなんとか脱出すると、徹夜は全力疾走で教室から飛び出した。


「こらぁ、渋谷。校内は走るなっ」


「げっ!」


丁度廊下を歩いていた籠橋先生に見つかったらしく、彼はすぐに教室に走って戻ってきた。


「校内はお静かにね、渋谷徹夜くん」


戻って来た徹夜に空斗はそう言うと、自分の席に戻った。


そう言っているうちに二時間目の国語の授業が始まった。先生は教科書を音読させるため、段落ごとに生徒を指し始めた。


「では、平岡さん。次の段落を音読してください」


先生はさっそく平岡さんを指し、彼女は音読を始めた。


「次の日、東京から帰ってきた父親が…」


 彼女は一定の速さでスラスラと読み上げた。早さも早過ぎもせず遅くもない丁度良い速度であり、とても聞き取りやすい。皆、彼女の音読に聞き入っていた。


「はい、そこまででいいですよ。たいへん君の読み方は聞き取りやすくていいね」

先生も感心しているようだ。


そして、昼休みの時間になると、平岡から空斗に話しかけてきた。


「土屋くんは、何部に入っているの」


「え、実は帰宅部でして…」


「帰宅部?ってことは、無所属なんだ」


「まあ、そんなところ」


「私も、前の高校では何も入ってなかったんだ」


「へえ、そうなんだ。なんかスポーツでもやってそうに見えたけど」


というのも、身長もそこそこで若干筋肉質な彼女はいかにもスポーツが出来そうに見えるのである。

「体育はまあまあ得意な方だよ。五十メートル走は確か…8・20秒くらいだったし握力も35kgはあったし…」


「へえ…結構すごいね」


「おっと、お話中失礼っ。だが、しかしっ、昼飯を一人で食べるのも難だから、くうちゃんはお借りいたすっ」


と、徹夜が登場して間も無く彼女は周りの女子に誘われて何処かに行ってしまった。


「おい、徹夜。何がお借りいたす、だよ。ただ話していただけだし…」


「いやあ…隣人恐怖症のくうちゃんがせっかくウン年ぶりに隣人さんとトーキングしているところに割り込むのも難だったからさぁ」


「はいはい、どうせ隣人恐怖症ですよ」


「うんで、何の話ししていたの」


「部活の話。平岡さんも前の学校では無所属だったんだってさ」


「へえ、意外だね。ここでは何かに入るのかね」


「さあ、でもあの勧誘集団相手じゃ、どっかには入るだろうね」


「ああ…確かに…」


教室の隅を見ると、部員不足で廃部寸前の部長さん達で賑わっていた。

そうこうしているうちに授業五分前のチャイムが鳴り平岡は自分の席に戻ってきた。


「次は、政経の授業かぁ」


平岡がぼーっとしながら言った。


「平岡さんは、理系なのそれとも文系なの」


空斗は何気なく平岡に質問してみた。因みに、空斗自身は理系志望である。


「それが…まだ決めてないんだよね。土屋くんはどっちなの」


えっ?と空斗は耳を疑った。高校二年の夏休み後になっても理系か文系か悩んでいるのはちょっとまずいのでは?果たして志望大学は決まっているのだろうか。


「俺は…一応理系に行くつもりだけど…因みに三年で理系か文系にクラス分けするってことは知っているよね」


この高校では二年の秋頃に理系か文系か決めて、来年はクラス分けをそれに従って行う、という仕組みになっている。


「知っているよ。まあどっちでもいいかな。どうやって決めようかな…」


「文系か理系かは得意な教科とかで決めればいいんじゃない?」


「それがさ…得意な教科無いんだよね。そうかと言って不得意な教科も無いんだよね…」


「へぇ、それってバランスが取れているって感じですか」


「良く言えばね。悪く言うと長けているものが無いっていうか…」


人それぞれには様々な悩みがあるが、彼女の悩みは良く分かる。空斗自身も大してずば抜けたものがないのだ。ただ国語が苦手だから理系へ…という具合だ。


そして放課後になり、帰宅部の空斗と徹夜が帰ろうと下駄箱へ行くと、丁度平岡がいた。

彼女も今は帰宅部である。


「あ、土屋くん。それと…」


「渋谷徹夜です。〝しぶたにん〟とか〝てっつん〟とか呼ばれています。あ、普通に徹夜って呼んでもいいよ、というわけでよろしく」


「こちらこそよろしく、私は平岡真純です」


「知っているよ、朝の自己紹介で~」


「ああそうだった」


というわけでこの日は平岡、空斗、徹夜の三人で帰ることにした。外に出ると朝までの曇天が嘘のように晴天に変わっていた。


「二人は、この辺に住んでいるの?」


「まあね、だから徒歩で登校なんだ。徹夜とは同じ中学校だったしね」


「同じ中学校だったんだ。凄いね、二人共合格って」


「まあね~、俺とくうちゃんは頭の中まで同類項なんやでぇ」


「おい、俺の方が偏差値二つは高かったんだぞ」


「くうちゃん、そんな細かいことはどうでもいいじゃんか、まったく小さい奴だねぇ」


クスクスと横で平岡は笑っていた。


「私もこの辺に引っ越してきたんだ。だから私も徒歩登校」


「平岡さんも徒歩なんだ。徒歩っていいよね、電車の時刻に囚われなくていいし」


「まあね」


「質問っ、平岡さんは何人家族ですかぁ」


この時、平岡の顔が曇ったことにこの二人は気づかなかった。


「家族は…今は一緒に住んでなくて、代りにおばさんと暮らしているんだ」


「そうなんだ…」


「まあ、家族のことはさておいて、部活どうしようかなって悩んでいるんだけど、別に何にも入らなくてもいいよね。今日も仮入部誘われたけど断っちゃったし」


「まあ、絶対に入らなくてはいけないっていうことはないと思うけど…現に俺、帰宅部だし」


「俺もっ、くうちゃんと同じで帰宅部だよ。いっそのこと、この三人で帰宅部っていう部活作っちゃう?」


帰宅部という部活は部活じゃないからこそ成り立つものなのでそれは到底無理なお話である。


「あはははは、それもいいね」


そして、不安だった今日も無事終わり空斗は家に着いた。この調子なら、平凡に生活していけそうだと確信した。彼女は普通の人であった。


ただ、この普通が普通ではない何かだと気づくのに彼らには多少時間がかかった。


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