桜の木
この世にはないある国の中にあるという、ブロッサム街。そこには年中咲いている桜の木が一本だけある。
なぜそのような桜があるのか、それは誰にもわからない。
そして、その桜の木には、昔から言い伝えがある。
『この桜の木の下で想い人のことを想いながら木に口付けをすると、必ず想い人との間に恋が芽生える』
しかし、この言い伝えを信じる者は誰一人としていなかった。
『そんなのデタラメだ』『本当ならとっくに叶ってる』などと言う声以外、何も無かった。
その中で言い伝えに興味を持つ少女が一人だけ居た。
名前は桜木 冬花。十六歳。
なぜ、嘘か本当かどうかもわからない言い伝えに興味を持つようになったのか。事は数ヶ月前に遡る。
四月一日。ブロッサム街から少し離れた場所にあるローズ街から冬花は引っ越してきた。
トランクに詰め込んだ荷物を運びながら歩いていた冬花は、新しい生活に期待と不安を胸に抱えていた。
新しい家に着き、荷物を整理し終わった冬花は、まだ観ていない街の散策に出掛けた。
街の建物はどれも明るい色ばかりで、暗い色が何一つ無かった。
ローズ街は赤と黒の色の家が殆どで、明るい色が何一つ無かったのだ。
物珍しそうに建物を見ながら歩いていた冬花は、街の中心にある広場に辿り着いた。
すると、広場の真ん中に大きな桜の木が咲いているのを見つけた。
歩いてきた道には桜の木が一つも咲いていなかったので、気になった冬花は近くにいたこの街の住人であろう人に尋ねた。
「すみません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、どうしてここ以外の木は普通なのに、ここだけ桜の木が生えてるんですか?」
「あぁ……それがいつ埋められて、どうしてここだけなのかは分からないんだよ。しかも、春が終わって夏、秋、冬になっても枯れずに咲き続けてるんだよ」
「そうなんですか?」
「そう。あ、でもこの桜の木には一つ言い伝えがあってな」
「何ですか?その言い伝えって」
「『この桜の木の下で想い人のことを想いながら木に口付けをすると、必ず想い人との間に恋が芽生える』だそうだ。まぁ、俺は信じてないけどな。叶ったらもうみんなやってるはずだからな」
そう言って、住人はその場から去っていった。
冬花は振り返り、桜の木を見上げていた。
「(……新しい学校で、好きな人が出来たら……試しにここに来てみようかな……)」
街を散策し終わった冬花は部屋の片付けをする為に帰路についた。