74.病気になると性格変わるやつ
前回のあらすじ
夢を見た
おわり!
吐く息も白くなり、体を差す寒さも深まってきたある日のこと。日の出る前のまだ薄暗い外での仕事を中断し、俺は家の中へと入った。
室内は温かく、外の冷えた空気と違って優しく包み込んでくれる。
「おかえり」
その声に振り向くと、ミリアの祖母であるガリルさんがにっこりと微笑んでこちらを見ていた。その手には湯呑が握られており、いつものように朝の一杯を飲んでいる最中だった事が窺える。
「ただいま」
俺はそう返事をして、ゴワゴワの上着を脱ぐ。中に来ている服も夏に着ていたものではなく、冬用のセーターやら何やらだ。いつも用意されているものを着ているが大体可愛らしい服装ばかりだ。
冬の厚着は体内から魔法で温められる俺にとって必要のないものだが、夏と同じ格好をしているとみてる方まで寒くなってくるから着ろと言われたので着ている。無いほうが楽だが、邪魔と言うことも無いため、特に反対する理由も無かった。
いつもの自分の座る椅子に上着をかけると、自然と目の前の壁に駆けられた魔方陣付きの金属製の板に目が行く。
金属板の正体は暖房だ。先日、家の倉庫から引っ張り出されてきた。
“作動”によって部屋を暖めてくれる。ただし、与えた魔力によるが最大三十分ほどしか持たない不便なものでもある。床にも常に設置されているようで、金属板がやってくる前から足下はその恩恵を受けていた。
ムルアさんが戻ってくるまでは暇なので、椅子に座っていると、ガリルさんがどうぞと言ってお茶を入れてくれる。
お礼を言ってお茶を飲みながら、ボーっと目の前の魔方陣を見つめていた。
ムルアさんが返ってきて暫くすると、ミリアが食堂にやって来た。既に着替えていて、冬だと言うのに相変わらずのショートパンツ姿である。……俺はダメでお前はいいのか。
因みに、ミリアのパジャマ姿は、ミリアが寝る前に押し掛けて来た時か起きてトイレに向かった時などに稀に見れる。ついでに言うと、俺もパジャマをもらった。着替えるのは面倒だが、寝心地がよくなるので来ている。
ミリアは適当に挨拶をすると、定位置である俺の隣に座った。
「おはようございます」
そこまで言うと、ミリアはぐでっとテーブルに突っ伏した。
「おはよう。どうした? なんか疲れてる?」
「いえ、今日はなんだか一段と寒くて、体が動きません」
「珍しいこともあるもんだな」
「そうですね」
……誰だお前!? そう思ってよく見てみると、顔がいつもよりも赤い。
「なあ、ミリア。もしかして、風邪ひいてるんじゃないの?」
「え? 風邪? 風邪なんて引いてませんよ」
明らかに声に元気がない。
すると、いつの間にか反対側にいたガリルさんがミリアの傍にやって来て、おでこに手を当てる。
「熱があるね。ムルア、準備しといてくれ」
「はーい」
そう台所から返事が聞こえてきた。
目の前のドアをノックして声をかける。
「ミリア、入るぞ」
「どーぞー」
力の抜けきった声が返ってきた。
俺は午前中の仕事を終えると、さっきまで看病していたらしいガリルにミリアが起きているか尋ねてから部屋へとやって来ていた。
実のところ、ミリアの部屋に来るのはこれが初めてだ。だから、普段なら行こうともしないお見舞いに何となく行く気になったのである。
俺の予想では、最低限の物だけがある殺風景な部屋だと考えていたのだが、ドアを開けて中に入ると、思ったより女の子らしい内装がそこにあった。
棚の上には人形が並んでいたりするし、カーペットや壁紙、布団なんかも、パステルカラーで統一されている。ただそこに、剣や防具、古めかしい本が並んでいるだけはとてもシュールだ。
「入ってくるなり失礼なこと考えてますね」
風邪ひいてるから読まれないと思ってたけど、そんなことは無かったぜ。
声のしたベッドの方を見ると、ミリアが体を起こしていた。いつもの呆れ顔を想像していたのに、そこにあったのは辛そうに歪んだ顔だった。
思ってたよりひどそうだこれ。
「体起こすなよ。ちゃんと寝てろ」
無意識に怒ったような口調になった。
「……ごめんなさい」
ミリアは弱々しくそう言うと、再び寝転がって布団をかぶった。……顔まで。
なにこれかわいい。
ミリアが弱って小動物みたいになってる。
しかし、病人をいじるわけにもいかないので、ぐっと我慢して近くの椅子に座る。
「薬は飲んだのか?」
「……うん」
今の「うん」可愛かった。
……あれ? 薬ってなんだ? 解熱剤が有るわけでもないし、何飲んだんだろう。葛根湯? まぁいいか。
……あーうん。話すことないわ。何しに来たんだっけ?
……そーだそーだ。部屋を見てみようと思ったんだったな。
……やっべぇ。お見舞いって何するの?
……。
……帰ろう。
徐に俺は立ち上がる。すると、ガサッと布団が動いてミリアの頭から目元までが出てきた。
「ローは風邪ひかないよね」
精霊だからって意味であって、遠回しにバカって言われてるわけじゃないはずだ。
「多分」
すると、今度は布団から手が出てきてひょいひょいと手招く。
「手、握ってて。お母さんだと風邪うつしちゃうから」
俺は椅子に座りなおしてベッドに近づけると、ミリアの手を握った。ゴワゴワしてたけど、その手は熱く、そして小さかった。
「今、手小さいって思った? でも、ローの方が小さいですよ」
ミリアは生意気にもそんなことを言った。
「そうだな」
俺がそれだけ言うと、ミリアは手を握り返し、目を閉じた。
――んあっ!?
辺りを見回す。……ミリアの部屋だ。
咄嗟に窓の外を見たが、外は曇っているようで時間は分からなかった。
ミリアにつられて、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
俺の両手は、ミリアの右手を握ったままだった。
片手抑えられてると逆に寝づらそうだと思って外そうとしたのだが、案外がっちりと握られていて、離れない。
仕方が無いのでもう暫く待機だ――
――コンコンコン
不意にノックの音がして振り向く。ドアを開けて入ってきたのはムルアだった。
「あら、ローちゃんここにいたの」
見ると、ムルアさんは片手にお盆を持っている。
「ああ、これ? これはミリアのお昼ごはんよ。作ったのはお母さんだけどね。本当は自分で作りたかったけど、何しろミリアもルーマルも誰かさんに似て体が丈夫だから、作る機会が無かったの」
ムルアの言うお母さんとはガリル、誰かさんとはランベルトの事だろう。
風邪ひくの初めてかよ。確か、初めての時って免疫無いから長引くんじゃなかったっけ? 迷信だっけ?
思ったより長くなったけど、続くほど長くない。でも時間が押してるから一度切った。




