72.イヌのきもち
前回のあらすじ
勝ちに汚い連中との争いを避け、ローはディーラーに徹した。
おわり!
「ラン! いわくだき!」
「ウォンッ!」
俺の声に応じて見た目はただの黒い犬であるランが、俺の作った岩人形にとびかかり、縦に一回転して尻尾で人形を破壊した。
これじゃただのアイアンテールだ。いわくだきって何だろう。岩を砕くにもいろんな方法がある。というか、有り過ぎる割にその名だけに見合う砕き方が無い。
「ラン。よくやった。さっきのはやっぱりアイアンテールな」
駆け寄ってきたランにそう声をかけて撫でると、ランは目を細めて尻尾を振った。
現在はランに秘伝技を教えているところだ。
ここ数日はランを連れてこの練習場に来ているが、こいつの強さは俺の想像をはるかに超えていた。垂直飛びは二メートル強で、その脚力からのトップスピードはかなり速く、少なくとも乗用車よりは速い。顎の力は比べる方法がわからんけど、与えたものは岩でも鉄の棒でも砕いた。鎖とか首輪なんか意味ないことを悟った。
それ以外にも体毛を硬化させて、トゲとして使ったり、防御として使ったりと何でもありだ。それに、出会った頃の間抜けさはどこへ行ったのか、とても頭がいい
結論。測る方法が無い。
いやー、とても不便な世の中になったものだ。前世でお世話になってたのは時計と体重計、それに定規くらいなものだけどな。
そういえば、ミリアと戦ったらどっちが勝つかって一応考えてみたけど、ハルトに翻弄されていたミリアが勝てるとは思えない。ハルトも見せていない実力次第ではランには勝てないかもしれない。
その上、犬は群れでいるのが普通だと言うのだから異常な話だ。襲われたら一体どうやって、退けられるだろうか。
そもそも、何故群れでいるはずのランが一匹で草原にいたのか、不思議であるがこの辺に犬が出たことは無いらしいので、初の個体だったのかもしれないな。
「あとはフラッシュだけだ。いくぞ」
「ウォンッ!」
フラッシュは無理だった。どうも魔物は魔法の属性適性があるようだな。光系は無理らしい。水と空もダメだった。
「クーン」
「よくやった。戻れ!ラン」
ボールは無い。様式美である。
こっちに寄って来たランを撫でる。
硬化している時に撫でると、きっと手が血だらけになるので注意しよう。おにーさんとの約束だ。……おっと、今は幼女だったな。
「あ、そうだ」
いいことを思いついた。
そう、それは――
――俺自身が犬になることだ!
……
カッコつけたけど、むしろ余計で無駄にダサいな。
ゴホッゴホッ、ゴホン。
とりあえず、観察しーの体消しーの想像しーの生成しーので完成!
適性が無い体にしたせいか、いつもより難しく感じつつも鏡を作って自分を見てみる。目が悪くて、後ろの方がよく見えないけど、まぁオッケイでしょ。なんか色味とか、いろいろ違って見えるんだが犬ってこんな景色を見てるのな。
特に表情を変えているように見えないランの方を振り向き「どう?」と声を掛けようとした。
「あぅん」
……喋れないのが普通でした。
笑っているわけじゃないはずだが、ランはフンッと鼻を鳴らした。……笑ってないよね?
犬の体は初めてなので、流石にうまく動かないかと思ったが――
――歩けた。
――走れた。
――跳べた。
――硬化出来た。
ついでに、ランに覚えさせた秘伝技を試してみたが、普通にできた。
相手の能力をコピーできるってなかなか凄いっすね。やり方さえわかれば精霊モードではすべて魔法で再現できるから、そんなに強いとは思えないけど。
コピーか……そのうちピンクの丸い悪魔とかにもなってみようかな。
そうして暫く動き回っているうちに、だいぶ体が馴染んだ。小柄でパワーもあるからか、何だかいつも以上に自在に体を動かせるような気がしてしまう。それに、視覚や嗅覚や聴覚などの違和感も既に気にならなくなっていた。
ランの方へ戻ると、子を見守る親のように暖かい目でこちらを見つめていた。
お前もかよと思いつつ、近づくと急に飛び掛かって軽く体当たりしてきたかと思うと、こちらを振り向きつつも逃げ出した。
……あれか。仲間だと思って遊びに誘ってんのか。あいつは頭のいいやつだから、俺がさっきまでいた幼女だと同一人物であることくらい分かっていると思ったんだが、案外そうでもないのかもしれない。
しかし、俺は面倒だと思う前に駆け出していた。犬の本能だろうか、売られた喧嘩は買わなくちゃいられない性質なのかもしれない。
どんどん加速していくにつれて、まるで風になったような気がして、とても気持ちがいい。
そして、暫く本能のままに追いかけっこをしていた。
急に方向転換したり、壁を蹴って走ったりと案外楽しかった。
いやまぁね、本能のままに欲求を満たして満足した気分にならなければ話にならないよね。
そんなわけでお昼だ。そもそも、お昼だからかけっこをやめたのだ。ランも分かっているのか、近付いて来て顔を舐めてきた。
一度離れて、幼女モードに戻る。そこで、ランが表情一つ変えないのを見て、やはりこいつはさっきの犬と目の前の幼女が同一の存在だとわかっているように思える。
「ラン、帰るぞ」
そうランに声をかけて歩き出す。
「ウォンッ」
ランは一鳴きして俺の後を追いかけてきた。
その日の午後。ミリアが返ってくるのを見計らってダブルわんこーズで待ち構える。黒いとランと区別がつかないので、俺の方は毛が白くなっている。
「あらー? ローちゃん犬になっちゃったの?」
……別な人が釣れた。というかムルアさんだ。相変わらず可愛い人だ。何か砂糖の匂いがする。つーか、一瞬でバレた。
ムルアさんはダブルわんこーズを撫でて、
「ミリアをびっくりさせようとしてるのね。じゃあ頑張って」
応援してから去って行った。
それから一分ほどで、家に近づく気配を感じ、ドアの前で待ち構える。犬の気配察知能力すごい便利。
ガチャッ
「ただいまーぁっ!? ……シロー?」
やっぱり一瞬でバレた。ってかシローってなんだよ。白とローを混ぜんな。
「……舌出してはぁはぁして、恥ずかしくないんですか?」
おい、そういう事を言うなよ。犬ってそういうもんだろ。
あぁ、無意識にやってるから気づいてなかったよ。何これ恥ずかしい。
驚かせるつもりが、こっちが羞恥プレイを受けてるよ。
「これであいこですね。驚かせた罰です」
そう言って、ミリアは自分の部屋へと向かった。
ランはこちらを可哀そうなものを見る目で見ている気がした。
今度は何日続くかな?




