66.勝負はいつだって本気
前回のあらすじ
イケメン、マジ無理。でもキュウリ美味い。
おわり!
……いくら日常話とは言え、意味が分からなすぎるな。と思いました。
「平和だ」
午前の仕事が早めに終わったある日、いつもなら家でダラダラしているところだが、俺は何となく気が向いたので散歩に出向いた。
この村は実に平和だ。村の外に出れば、一日に三、四回は魔物に襲われかねないというのに、この村の中は下手をすると日本よりも平和である。百年二百年なら平気で生きる温厚で大人な人々だけが住んでいるのだからちょっとした喧嘩のような余計な諍いもほとんど起きない。
暇を愛する俺にとっては、まさに理想郷である。
ああ、こうして散歩をしているだけで心が安らいで――
「あっ、ねーちゃん!」
安らいで――
「ねーちゃーん!」
安ら――
「ねーちゃん!」
…………。
「ねーちゃんってば、やっと気づいた」
……気付いてたよ。
話しかけてきたのは鼻水を垂らしていない鼻たれ小僧ルールだ。ハーフエルフで肌が白く無駄に金髪碧眼なので、見た目は耳以外ただの外人のガキである。現在幼女形態である俺よりも小さいので、初めて会ったときから「ねーちゃん」と呼ばれている。
「なんだよ」
「あ、おはよう!」
いや、そうじゃねぇだろ。と思いつつも、一応挨拶は返す。
「おはよう」
返事を聞いたルールはニシシッと子供っぽく笑う。
子供はかわいいかも知れないけど、俺の平穏を土足で踏みにじるから嫌いである。
とりあえず何か用が有るわけでもなさそうなので、ほっといて再び散歩に戻る。
「なー、ねーちゃん。今日は何すんだ?」
当然のようについてこられた。
「何もしないよ」
そう言って、ルールを振り切るために歩を速める。
「えー? 嘘だー。また何かするんだろ?」
ルールは小走りになって付いてくる。笑いながらそう言われたところで、今は散歩以外するつもりが無いのだ。
俺は行き先を変更して、ある場所へ向かうように反転して歩き出す。
その急な方向転換を何かと勘違いしたのか、ルールは嬉しそうに追いかけてくる。
「何だ、やっぱり何かするんだな」
こうなったのもある意味俺の自業自得だ。こいつと会う度に無駄にエンターテインメント性の高い魔法を使いまくっている。ルールにとって俺は大道芸人みたいなものなのだろう。
俺のことは精霊だとわかっているはずなので、今回はその認識を改めるために、派手な魔法は使わないで、ルールから逃げきって見せようではないか。
俺は歩きながら心の中で目標を決めた。
目的地まで歩きながらルールの語るどうでもいい世間話を聞き流す。
昆虫バトルとか懐かしいことすんなよ。俺もやった事無いのに。
そして、歩くこと十分程。俺たちが辿り着いたのは広場である。今日休みではないので、ミリアとメオが木剣を手に形の練習をしている。当然、形とは言っても儀礼的なものではなく傍から見ると、実戦的な打ち合いである。そうは言っても、ずっと見ていればひたすらループしている事に気が付けるかもしれない。
「いつ見てもすっげー」
ルールも、道すがらミリア達の方を見て感動したのか声がこぼれ出ている。
今ならこっそりと消えるチャンスではあるが、一般人が普通に歩いて隣からいなくなる程度の時間を稼いでから消えなくては意味がない。あくまで、ルールが十分な時間俺を見失ってくれないと、突然目の前から消えたのと同じだからだ。
目の前から消える事なんていつでもできる。しかし、そうしてしまってはルールの評価は依然として大道芸人のままになってしまう。
派手な魔法を使わずに、一分ほどこちらから目を逸らさせなければならない。それが俺の勝利条件だ。
俺はミリアにテレパシーを送る。やっているのは神木とのテレパシーの時と同じだ。あの時と似たようなつながりがミリアとの間に存在しているので、できるはずだった。初めてではあるが、ただでさえミリアは俺の思考をエスパーによって正確に読み取れる。
だから届くはずだ、この想い!
――少し派手な戦闘を見せてください――
ミリアの瞳が一瞬こちらに向いた。そして、上段から振り下ろされたメオの剣をはじく。
通じた。やったぜ。
メオも一度驚いたようにメオ見開いたがすぐに構えを戻し、弾いた勢いで横なぎに振られたミリアの剣を防ぐ。
「――“掌波”」
ミリアの空いた左手を突き出すと、手のひらで空気が爆ぜる。
メオはミリアの左手が動いたのを見て、防いでいた剣を無理やり弾きながら後ろに飛び退り、衝撃を逃した。
「――“火炎”」
ミリアの突き出したままの左手から火炎放射器のように炎がほとばしる。
メオは左に倒れるように転がってそれを避け、その勢いで立ち上がると同時に腰の短剣をミリアに向けて投擲する。
メオに接近するために駆け出したミリアは、避けることなくその短剣をはじき、今度は水弾を放つ。
ハルト戦で見たなと思ってたら、あの時のように水弾をはじいたメオの後ろに急加速で回り込む。
二度目なのでようやく種が分かった。水弾はその後の風魔法を隠すためのカモフラージュだ。水の魔法ではなく、あえて風魔法で水弾を打ち出すことで体を浮かせる、方向転換しながら回り込むの合計三つの動作を一度の風魔法で同時に行っているのだ。それによって、正面からの攻撃の牽制だと思わせて、実は背後を取るためのブラフになっている。
それにしても、詠唱が聞こえないまではいいのだが、いくらなんでもミリアの詠唱が早すぎる。
初見でハルトに見切られてはいたけど、とてつもない練習量を思わせる中々にかっこいい必殺技だ。
まぁ今回も見切られたけど。メオも見たのは二回目だから仕方がない。
よし、もう少しで一分くらいだ。このままルールが俺のことを忘れてくれれば俺の勝ちだ。幸いなことに、ルールは歩を止めて食い入るように戦いを見つめている。
勝ったな。もう精霊に戻って、暫く観戦してから帰ろう――
「あの二人はやっぱすげぇな。ねーちゃんも見てたか?」
あ、ちょ、こっち向くな。あと十秒くらい残ってる。ミリア達はまだ戦ってるだるぉお!?
しかし、無慈悲にも、ルールの笑顔がこちらを捉えた。
「…………そうだな」
そう言い残して、俺は精霊に戻り家に帰ることにした。




