65.ナスだ、キュウリだ
前回のあらすじ
ローの近況がつづられた。
おわり!
俺がこの世界に生まれて恐らく三ヶ月半ほどが経過した。カレンダーを見て数えたわけではないので「恐らく」なのである。ミリアが森にやってきたのが60日ほど前だそうで、そこから逆算して見ても三ヶ月半で合っている。
曰く、今は夏なのだそうだが全然暑く感じない。ここは日本と違って湿度が高くないのが原因だろう。
育てている野菜も、ナスやキュウリなどの夏野菜が多い。結界を作って事実上の温室を作ったりもしているので、気温が足りないなどという事は起こらない。
あと一週間もすれば日本で言うお盆の時期になる。そんなわけで、午前中の仕事が終わった後、キュウリとナスに綺麗に削り出して割りばし風にした枝を四本刺す遊びをしてみた。精霊馬ってやつだ。名前的になんか親近感があるよね。
腰かけているベッドの近くにある机の上に、ひとまず完成したキュウリとナスを置いてみる。まあまあいい感じだ。
そこで、開け放していたドアからミリアが入ってきた。今日は稽古が休みなので午前中は家でゆっくりしていたのだ。
「何食べ物を粗末にしてるんですか。食べないなら私がもらいます」
ミリアが不機嫌そうにそう言っているが、これは俺が畑仕事を手伝うことでもらった報酬だ。たまになら欲しいものを貰える権利を行使したのだ。
「貰ったものだし、好きに使ってもいいでしょ」
「そんなもったいない使い方はダメです」
「もったいない」精神は異世界でも健在だった。「それ」の対象が、「それ」を広めた国の文化なのは何かの皮肉なのだろうか?
「今日のは試作品だから、元々すぐ食べるつもりだよ。だからミリアにはあげない」
「別に食べたかったわけじゃないですよ。私が食い意地張ってるみたいな言い方しないでください」
ミリアの誰が見るわけでもないのに張った見栄を少しおかしく思いつつ、ヘタを取ってキュウリ馬の頭をかじる。
ギュリャリッと断末魔の叫びが聞こえてきた。
自分も手伝って作っただけに美味しい。けど、味噌も欲しい。
その様子を見ていたミリアはお得意の呆れ顔を作り、溜息を吐く。
「なんか、もうどうでもいいです……」
「でもなんか用があって来たんじゃないの?」
ミリアはこちらに非難の目を向けた。
「ローが変なことしてるから、忘れちゃったじゃないですか」
知らんよ。
返答代わりにもう一度キュウリをかじる。
「話の途中でキュウリを食べないでください」
怒られので、キュウリを机に立たせる。頭が無いので、見ようによってはグロく見えるかも知れない。……見えないな。
「で、その用事は大事なことだった?」
「うーん、多分大したことなかったと思います」
「そっか、なら思い出してからまた来なよ」
「そうします」
そう言って、ミリアは部屋から出て行った。
俺は再びキュウリを取り、足を引っこ抜いてもう一度かじる。みずみずしくておいしい。
「や、やあ」
……また来た。ミリアではない。その兄のルーマルだ。
ルーマルは初めて出会ったとき、イケメンだったが故に毛嫌いしていたからか、ずっと話しかけてこなかったのだ。
しかし、エルフの里から帰ってからは積極的に仲良くなろうと話しかけてくる。
最初は敬語で話しかけてきたけど、ミリアが漁村でのことをルーマルに話したのか、今は努めてフランクに話しかけてくる。
別に俺はルーマルのことは嫌いではない。イケメンが嫌いなだけだ。
中学時代に、イケメンにいじめられてから生理的に受け付けない。本能が拒否ってしまうレベルで。
ルーマルは見た的に中学生でも通る。だから他の人よりも奴に似ていて辛い。
しかし、ルーマルが悪いわけでも悪い奴だという事でもない。精一杯話しかける努力をしてくれているのに、俺だけ辛いからと投げ出すのも悪いので、いつも応えようとはしているのだ。
「……ぉぅ」
気持ち悪い……。
そんなこちらを見たルーマルは辛そうな顔をする。なんか、ホントごめん。
そして、一度廊下の壁の後ろに隠れてもう一度話しかけてくる。
「無理しなくていいよ。前も言ったけど、ミリアから君も努力してるって聞いてるから」
顔を見なければ大丈夫だと思って、仮面をつけて話したこともあるが、対面していると顔が透けて見える気がしてダメだった。
そのまま二言三言話すと、ルーマルは「ごめんね」と言って去って行った。
ルーマルがいい奴で余計に辛い。
ミリアが廊下からひょこっと顔だけを出す。
「キュウリ、残ってますよ」
言われて、食べようとして握ったままだったことを思い出した。
再びキュウリをかじる。
しかし、味がしない。
「キュウリには元からほとんど味なんてないですよ」
言われてみればそうだ。
ってかナチュラルエスパーやめろ。
ミリアは俺がキュウリを咀嚼している間にこちらに近づいてきて、隣に腰かけた。
「さっきはルーマルに諦めてもらうか聞きに来たんです」
「思い出したんだ」
「はい」
一呼吸おいて、ミリアは話を続ける。
「積極的にかかわらなければ、問題なく過ごせてましたから、ルーマルが諦めれば二人とも辛い思いをしなくて済みます。いいんですよ、無理に気を使わなくても」
そこでミリアはフフッと笑った。
「ローはまだ子供なんですから」
ミリアは未だに俺を子供としてみているようだ。
「子供じゃないから、遠慮しておくよ」
「そうですか」
なんだその子供の成長を見守る親みたいな顔は。
「……ところで、何でルーマルがダメなのか教えてくれますか?」
ううむ、ミリアには話していいと思うけど転生したとか説明するのも面倒だしなぁ。
これに関してはミリアのエスパーも全く役に立たない。思考は読めても、ミリアが想像できないことまで理解できるわけがないからな。
「まぁ克服出来たら話すよ」
「それなら頑張って克服してください」
ルーマルが整形するのが一番手っ取り早いけどな。
因みに、精霊モードならルーマルとも普通に話ができる自信がある。試してないし、試す気も無いけど。
「さっさと試したらいいじゃないですか」
出来たとしても、それは克服したことにならないと思うので却下だ。
そう考えながら、もう一度キュウリをかじった。
味は無いけど、美味しい。
次からは18時で予約投稿にしようかなと考えている。




