62.赤くて丸いものと言えば?
前回のあらすじ
ハルトと模擬戦を行ったミリア、メオは敗北し、力の差を目の当たりにした。
おわり!
次はアリルかラリの番だと思ってたけど、メオが戻ってきてもどちらも動くことは無かった。
「折角だし、アリルもどう?」
気を使ってたのか、ハルトが声をかけると、
「では、お、お願いします」
そう言って、ハルトの前へと進み出た。魔法重視と言っていたけど、どんな戦いをするのか少し楽しみだ。少なからず、参考になるはずだ。
「アリルぅーー!! 浮気ハルトなんてやっちゃえー!」
ラリがやっぱりうるさい。
それを聞いたハルトは苦い顔をしている。
「――“土石波”」
さっきまでと同様にハルトが先手を譲ったので、アリルは素早く詠唱し魔法を発動した。
ハルトを中心に逆から波紋を描くように地面がうねりだし、ハルトへ殺到する。中々でかい魔法だ。
中心付近で壁のようにせり上がりハルトを押しつぶさんとするが、二メートルはあるそれをハルトは軽々と飛び上がって回避する。
「――“旋風刃”」
そこへ竜巻が現れてハルトを切り刻もうとしたのだが、すぐに足元を塞いでいたせりあがった地面を剣で切り裂き、竜巻の下をかいくぐってアリルに接近する。
マジどうなってんのその剣。
「“拳”!!」
無詠唱の魔法だった。不可視の魔力を固めて作られた直径一メートルほどの拳がハルトに飛来する。ギリギリに放たれたその“拳”をハルトは回避できないと判断したのか、左手を右手で支えて盾で受ける構えのようだ。
ハルトが押されつつも拳を受け止めている間、アリルは早口に省略詠唱を行う。
「やばい!」
ハルトの焦った声が聞こえ、すぐに“疾風走”の詠唱を行い一気にアリルへ駆け寄る。別に魔法を縛ってたわけじゃないらしい。
しかし、アリルの詠唱が少し早かった。
「――“双色の陣”ッ!」
アリルの周りが暗く霞んでいく。ハルトは近付いたものの、霞んでいく空間に足を踏み入れないよう、迂回して回り込んでいる。暗くぼやけて見えなくなったアリルの後ろだった方に来ると、茶色い砲弾がハルトの後ろをかすめて飛んでいく。
砲弾は泥だんごのように見える。双色だから属性が二つって意味だろうし、今回は土と水ってことかな? でも、暗くなってるし闇属性も交じってるのか?
それを皮切りにいくつもの砲弾がハルトへ飛んでいき、一部を避け一部を剣や盾でいなされて落ちている。そこで、ハルトは別な詠唱を始める。
「――“滅風”」
ハルトの後ろから何かが流れるのが見える。目に見える不思議な揺らぎを持った風だ。
砲弾はそれで弱まることは無いが、その風に触れたところから徐々に暗い霞が消えてゆき、砲弾の数が減っていく。
ハルトはその後三回“滅風”を使いなおし、霞を半分ほど削ると、残りの霞は自然と消えていき残ったのは地面にへたり込んだアリルだけだった。
「ふぅ、危なかったよ。もう少しで一発もらうところだった」
「……疲れた」
「模擬戦なんだから魔力切れ寸前まで戦う事ないのに」
そういってハルトは懐から赤いものを取り出してアリルに渡した。
……なんだあれは?
「あれは多分トマトです」
うぉうびっくりしたぁ。ミリア、いつの間にそこに。
「メオが戦ってる途中からです。ずっと熱中して見てるから話しかけてなかっただけですよ」
「そうか。……それで、なんでトマト?」
「トマトのぬるぬるは魔力回復にいいって言われてるんです」
何それ嘘っぽい。どうせプラセボ先輩の仕業だろ
「まあ、嘘なんですけど」
「え?」
「嘘っぽいとか考えたのに、信じてたんですか? やっぱりお子様ですね」
いや、そんなイタズラ成功したからって嬉しそうな顔すんなよ。こっちはちっとも嬉しくないよ。
「じゃあ結局何なの?」
「多分何かの果物です。魔力は食べないと戻りませんから」
トマトでも間違いないんじゃん。トマトは果物じゃなくて野菜だけど。
食べないと回復できないなら、もしかしなくても、アリルは今日は様子見しかできないんじゃ……。
「ん、そうですね」
視界の隅では、ハルトがアリルを立たせて空地の端までエスコートしていき、
「よし、僕は一通りやったから次は――」
「――私がいるわよ!」
「ラリはいやらしい魔法しか使わないから却下で」
「なんでよ!」
魔物を地味な方法で操って、他人に押し付けるような奴だからな。そもそも、お前は冒険者でも何でもないだろ。
対戦カードが無くなったので、結局、模擬戦ではなくメオとミリアへのハルトの指導の時間へと変わった。当然、ぐっちゃぐちゃになった地面を整地してからである。
俺はいつも通り寝ようかと思って、座布団を作ろうとした。だが、アリルが体育座りでラリと話してるのを見て、座布団をおすそ分けをした。
……日差しが強い。
ゆえに、壁と天井を土で作って寝た。
小さいころに一度だけ両親に遊園地へ連れて行ってもらったことがある。その時の夢を見た。
と言っても帰りの出来事だけだ。行きと同じバスに乗って帰る。それだけだ。
そこで窓の外を見ながら遊んだものを思い返していく。
コーヒーカップ、ゴーカート、ジェットコースター、よく分からないけど回る飛行機みたいな乗り物。
懐かしい……。
……目を覚ますと、体が一定のリズムでゆらゆら揺れていて、視点はいつもより高い。
「あ、起きましたか? おはようございます」
若い男の声。――ハルトか。
なんでおんぶ?
「お昼ですよ、ロー」
少し前で、顔をこちらに振り向き、見上げているミリアがいる。シャフ度……とは少し違うか。
伸びをしようとして、体勢を崩し、落ちそうになったがハルトがうまく支えてくれた。
「おっと、危ないですよ。それとも歩きますか?」
少し迷った。
「いい」
「そうですか」
ハルトの肩に手を回して、自分でも支える。歩くよりは断然楽だ。
そのままタクシーとして頑張るがよい。
そういえばどこに向かっているのだろうかと、見渡すために首を上げようとしたら、
「うひぃっ!」
脇腹をくすぐるように後ろからつままれた。
後ろからくすくすと笑い声が聞こえて、
「もっと可愛い悲鳴を上げてくださいよ」
とメオが言った。
「無理だ」
この体を使ってから、一度も女性らしく振舞おうとなんてしていない。今更する気も無い。
その返事を聞いたメオはもう一度くすくすと笑って、とことこと端ってハルトを追い抜き、ミリアの後ろに立つ。そして、俺にやったのと同様にわき腹をざわっとつかむ。
「私には効きませんよ」
「えー? ホントー?」
そう言いながら、二回三回とくすぐる。そして、目標を替えその手は脇の下の辺りを掴む。
「うぁ」
その声が聞こえた直後、メオの額にミリアの裏拳が刺さった。
「いったぁ!」
小学生くらいの見た目の二人のそんなやり取りに、ハルトが苦笑いしながら顔を背けた。




