5.ロマンがあふれてる
久しぶりの休みは、実に有意義であったと思う。特に何もしないでボーっとする、ただそれだけの時間が、今の俺にはすごく有り難かった。何もしなくていい、そんな時間こそ至高。少し後悔があるとすれば、睡眠をとらなかったことだ。この体(?)で眠れるかはまだ分からないが、そもそも休憩時間だってことに気が付かなかったんだから仕方がない。ハルトさん、本当にありがとう。わざわざ言わないけどな。
そういえば、夜って時間を久しぶりに認識した気がする。木の精霊にとっては昼も夜もそんなに変わったこっちゃない。木は夜の光合成ができない時間は眠っているって聞いたことある気がしたが、神木という桁違いな存在に仕えているせいか、そんなことは微塵も感じない。人間と生活を共にして、本来自分が持っていた性質を失っていることに気づかされた。
心が在るのに、人間じゃないって不思議な感覚だな。
その感覚は、寂寥感によく似ていた。
な、泣いてないからな。このくらいで泣くわけないからな。そもそも涙腺なんか無いし。
それでも少し、肩の荷が下りたような気がしたよ。
そんな目まぐるしく変わる気分に振り回されていると、ハルトが目を覚ましたようだ。テントの中でごそごそしている。そして顔だけを出して言った。
「おはようございます。精霊様、いらっしゃいますか?」
あれ、この子なんかすごい寝ぼけた顔してない? 旅先の野宿でこれってやばいんとちゃうん?
「お前、それで大丈夫なのか?」
アウチッ。素で聞いてしまった。
「? 大丈夫ですよ」
大丈夫と言うハルトの顔は目がトロンとしていて、まったく覇気がない。昨日はほぼ無表情だったから、凄く違和感がある。でも、こっちが素なんだろう。寝ぼけていると誰でも仕方ないよな。
「木の実多めに取ってきてやるから、顔洗っとけ」
なんかもういいかな。変に偉そうにしゃべるのメンドイし。
木の実を取って戻ってくると、昨日と同じ無表情なハルトがいた。どうやら外行きモードに戻れたようだ。木のみが飛んできているのに気付いたのか、テーブルを出すハルト。そこに木の実を置いてやる。
「ありがとうございます」
そう言っているハルトの顔は、少し嬉しそうにも見える。それそんなに美味いのかな?
そのあと、ハルトは昨日と同じパンとスープを取り出し、「いただきます」と言って食べ始めた。今回は木の実をきっかり8個残している。収納して持っていくのだろう。
「ごちそうさまでした」
きっちり挨拶をしてから片づけ始めた。こいつが律儀な奴なのか、それともこの世界ではこれが標準なのだろうか? 聞いてみた。
「食糧事情は芳しくありませんからね。いつも三食食べられることに感謝をしています」
そういうものなのかもな。日本では食料に困ったことは無いし、こっちの世界に来てからは、食べること自体必要ではなくなってしまった。そう考えると、精霊体は便利なものだな。そこまで良いものでもないけど。
「それでは、出発しますね」
いつの間にやらテントまで片付けて立ち上がるハルト。今日は運んでもらうか。そう思って、勝手にハルトの左肩にくっつく。ハルトは驚いたような顔をして、
「もしかして、肩にいますか?」
「ああ。乗せて行ってくれ」
「分かりました」
これでさらに楽ができるな。聞きたいことは、昨日あらかた聞いたし、山に着くまではせいぜいゆっくりさせてもらおう。
ぼけーっと行く先を眺めていると、木々の間から差し込む光がカーテンのようになり、行く先を照らしていてとても幻想的だ。時々聞こえる鳥や動物たちの鳴き声が、その幻想的な光景にアクセントを加えている。とても清々しい気分だ。こうしているだけで、日々の疲れが癒されていく、そんな気がした。……気がするだけのはずだが。
ついに、山の登り口が見えてきてしまった。森は山へとつながっているが、そこからはもう東の森林ではない。具体的に何が違うのかよく分からないのだが、神木の加護は山までは届いていないらしい。
この道を行くと、別な道を行こうとするよりも、上り道も危険も少ないそうだ。昨日聞いた。
登り口まで来るとハルトが口を開く、
「ありがとうございました。精霊様のおかげで、かなり楽に来ることができましたよ。精霊様に合うまでは、時々野生の獣に襲われたので、もしかして結界でも張って下さったのですか?」
そんなことをした覚えはない。そもそもこの森の獣はそんなに人を襲うとは思ってもいなかった。この森の支配者である精霊の気配を無意識に察知して、近づかないようにでもしてたのだろうか。
「たまたまだろう。そんなことよりも、気を付けて行けよ」
「はい。では、さようさら。……また会えたらいいですね」
少し寂しそうに言ってから、ハルトは山を登って行った。
うーん。休憩時間が終わってしまった。報告しなきゃいけないよなぁ。メンドイな。
『エストイア(様)。監視対象は森を抜けて、山を登っていきました。道中、特に異常はありません』
『そうか、ご苦労であった。引き続き南の巡回を頼む』
うん、知ってた。まーた仕事だよねー。面倒臭いね。やれやれだぜ。
ハルトにはいろいろ教えてもらった。この森の西にある町は、ララストルという名前らしい。オストルといい、きっと「ストル」というのが町という意味なんだろう。ピストルとかいう町もあるんだろうか?
どうやら、この世界の言葉や文字は何故だが日本語がベースになっているらしい。日本語と言う名前ではないけど。言葉は今まで話していてわかっていた。しかし、文字については、日本語と違う体系の表音文字が使われているらしい。聞いた感じだと、ハングルに近いのではないだろうか?
使う予定もないので、そんなには教えてもらわなかった。この大陸ではどこでも通じるらしい。統一国家が教育を行っているわけでもないのに、どうしてそんなことになっているのか、それは魔法の詠唱が理由らしい。
ほとんどの人間は、魔力を意図的に動かすことができる精霊とは違い、先人が見つけた知恵をもとに、魔法語と呼ばれる特定の単語を紡ぐことで、魔法を発生させるらしい。一部の魔力を認識出来た人間が、地道に魔法語を見つけていったようだ。
すげぇ努力家がいたもんだな。魔法語を知っていれば、誰でも、体内にある魔力を使って魔法を行使できるらしく、その影響で、魔法語のベースとなっているこの言葉が広く使われているんだそうだ。
保有している魔力がなくなると、人間は魔法が行使できなくなる。だから、魔導士というのは、広い魔法語の知識と、魔力の保有量が大きい人のことなんだそうだ。
魔法語は属性があるそうで、人間の魔法は何かしらの属性が必ずあるらしい。無、聖、穢、光、闇、火、風、土、水と代表的なのはこの9属性で、すごい魔導士になると最大で3つの属性を自由に付加させられるらしい。つまりその組み合わせは、実に129通りある。だが、無属性と他の属性、聖と穢、光と闇のような属性の組み合わせをしても大した力はないようで、実際に使われるのは、67通り以下らしい。
それでも大分あるな。まあこれでも、単一の魔法で付加できる属性の数であるから、二人以上の魔同士がいれば、さらなる使い方がある。無限大のロマンであふれてますね、わかります。
ちなみに、精霊の魔法は属性などなく、自分が何の精霊であるかで多少の適性があるだけだそうだ。精霊スゲー。