37.久しぶりに○○を実況してみた
前回のあらすじ
結局子供たちにおもちゃにされたローは、お昼になってようやく解放されたのだった。
おわり!
「お疲れさまでした。ロー」
そう言ってミリアがベンチに座る俺の頭を撫でてくる。それは、やたら絶妙な力加減であった。疲れた俺は、手を振りほどくのも面倒なので、されるがままである。
これが飴と鞭か……(二度目)。
そんな俺を見てか、ひたすら傍観を続けていたランも、俺にすり寄って膝の上に頭を乗せてくる。可愛い。
できる事なら、助けに入って欲しかったけどね。
ああでも、美少女とわんこを侍らせてるって考えると、前世では考えられないほど幸せな状況だな。
俺は努力はしない主義なので、イージーモードな世界で助かります。まだこっちに来てから、二ヶ月と一週間くらいなのにな。
暫くすると、ミリアも撫でるのを止めて昼食を食べ始める。おにぎりとか、おにぎりとか……。
それは、ミリアが持ってきていた荷物から取り出したものだ。でっかい葉っぱに包まれた、まあるいおにぎり。海苔はついていない。見た感じ、具も入っていない。塩結びだろうか? 米があっても、マグロ丼を食べたのが最後だ。久しぶりに食べたいなぁ。
「そのぼけっと口を空けるの止めてください。一口あげますから」
まじか! やったぜ!
ミリアは俺が喜んでいるのを見て、半分ほど食べてある丸いおにぎりを差し出してくる。
俺が食べようと口を近づける。
すると、ミリアは当然のようにおにぎりを引っ込めて目の前で一口齧る。ドヤ顔やめーや。
はあ、分かってたよ。こういうのはお約束だからな。女の子にやられたのは、初めてだけど。
俯いて、膝の上のランを撫でていると、
「このくらいならあげますよ」
と横から聞こえる。
ミリアが差し出す手、その人差し指に乗っているのは……米二粒か。そんなこったろうと思ったよ。
「どうしたんですか? いらないんですか?」
どうしたもこうしたもあるかいな。そう思ってミリアの顔を見ると、こちらを馬鹿にしたようにニヤニヤしている。
こんなSな子はやだ。俺はMじゃないって何度言えばわかるんだろう……言ってないけど。
大人しく、ミリアの指ごとあむっといただく。米粒オン女の子の指。そして、程よい塩加減。
「ちょっと、ロー! 指ごと食べないでください!」
そっちこそ、そう言いながら殴らないでください。痛いです。
ミリアは恥ずかしがるとかじゃなくて、普通に怒ってる。しかし、Sっ気が飛んだようでなにより。
そうして、怒ってるミリアを横目で見ながらランを撫でたりして遊んだ。
ミリアが食べ終わると、今度はランにご飯を渡し始める。何故か俺の上で。
……ランもおにぎりなのか。俺の分は無いのに。
午後はミリアが村を案内してくれると言った。とは言え、俺も一応ぐるっと見回ってはいる。
結果、特に知らないのは魔法修練所くらいなものだった。村の端の方にあったので、見ていなかった場所だった。
そこは、いつもの広場の三倍ほどの敷地を1メートル程度の壁に囲まれた場所で、使用時には結界を作動させて使うらしい。結界は町を消し飛ばすほどの魔法でない限り、壊れることはないんだそうだ。
魔法の練習に今度ここに来ようと心に決めた。
その後、家に戻る途中で、
「今日はローも夕食を食べるといいです。たまに食べさせてあげないと拗ねるので」
と、ミリアが言う。
拗ねた覚えはない。今日のことも、別に腹が減って怒ってたとかではない。ツンデレだろうか?
そう考えると、急にミリアが可愛らしく見えたので、
「ミリア、ありがとう」
と呟く。
それを聞くと、ミリアは少し驚いたように言う。
「ローがお礼を言ったのって初めてじゃないですか?」
んー? そうだっけ?
「そんなことないと思うけど」
「そうですよ。言ってません」
「そう言うミリアからも聞いたことがない気がする」
「私は言ってますよ」
「えー?」
「えー、じゃないですよ」
そんなことを言い合っているうちに、俺たち、二人と一匹は家に着いたのだった。
ミリアは家に入ると、いつもの自分の家の匂いにホッとする。玄関と一体化している食堂ではミリアの母であるムルアが椅子に座って本を読んでいる。
ミリアは一緒に返ってきた薄緑の髪の女の子、ローと一緒にムルアに向かって「ただいま」と声をかける。声だけはミリアよりもローの方が大人びていることを、ミリアは少し気にしている。
「おかえりなさい」
ムルアはそう言って一度こちらを見ると、再び本に目を落とす。その表紙には「米料理大全」と書かれており、昨晩から食べている米料理の味を思い出し、ごくりと喉を鳴らす。
米は時々やってくる行商人から買っているものだ。出所はオストルの町の港で、ふた月に一回だけやってくる商船に運ばれてくる。その分高いので、たまに食べる嗜好品のようなものだ。しかし、ミリアがこれをいたく気に入っており、パンを好んでいないミリアには無くてはならない逸品でもある。
しかし、ミリアに今新しい米料理を堪能しようとする余裕はなかった。
実のところミリアは、お昼に反撃されないようにローを撫でて機嫌を落ち着かせようと画策していた。その後、おにぎりを食べつつ、あることを思い出した。マグロ丼を独り占めしようとした時、ローに「おにぎりを作ってあげる」という約束をしていたのだ。ローに覚えている様子はないが、まだしばらくは唐突に思い出す可能性はある。
しかし、自分から言い出すのは少し恥ずかしかったので、一度ランと一緒にローに部屋で待つように言う。すると、
「そう言って、結局夕飯抜きとかは止めてくれよ」
と、疑われてしまったが、気にすることなくローを廊下に押し込む。ランにも付いて行ってもらって渋々歩いて行く背中は、左右にゆらゆらしていて何だかおもしろい。そのままローが部屋に入るまで見届けた。
そして、ミリアは振り返ってムルアに話を切り出す。
「お母さん、今日の夕飯なんだけど――」
ランと戯れていると、部屋に誰かが近づく音がする。そして、間髪入れずにドアが開き、ミリアの声が響く。
「ロー、夕飯ができましたよ。ランもおいで」
ランがミリアの方へ向かって行ってしまう。飼い主がはっきりしているのはいいのだが、少し寂しい。
俺も立ち上がって、先に出たミリアを追って食堂へ向かう。
食卓には俺とミリア以外の全員が揃っている。そして、テーブルの上にあるのはスープとおにぎりが二つだ。お昼に見て食べたかったので、俺にとっては丁度良いな。
しかし、なぜ俺のおにぎりだけ不格好なのだろうか。
ミリアと隣同士の席に着き、以前と同じように手を合わせてお祈りする。なんか久しぶりだなと考えていると、今回もガリル(ミリアの祖母)のいただきます、の声に唱和する。
久しぶりの実食だ。漬物は薄く黄色いたくあんのようなもので、スープは味噌汁でないのが残念だが、豆と野菜のスープではある。まずはおにぎりから手を付ける。ベジファーストとか知らんし。おにぎりからは懐かしいご飯の香りがする。これだけでお腹が空いてきてしまう。かじってみると、お昼と違って少ししょっぱい、その上少し固くし過ぎている。それでも、炊き立てのご飯だからなのか、噛むほどに徐々に甘みがほどけてとてもおいしい。すぐにおにぎりを一つ食べてしまう。
今度はスープだ。昔から、豆の入ったスープはあまり好きではない。そこから漂うのは、サツマイモのような何やらほのかに甘い香りだ。飲んでみたところ、この甘めのスープはおにぎりのしょっぱさに対して、いい塩梅だ。これを一口飲むだけで、さっきのおにぎりのしょっぱさが恋しくなる。
豆はこっそり先に食べた。
こうして暫くの間、俺は食事を楽しんだのだった。




